郊外物語
十一時を過ぎたころに、玄関のノブの回る音がした。顔をやや赤らめた義人が帰ってきた。真砂子は無理やりに起きると、ガウンを羽織って出迎えた。
真砂子は、こんなときに忘年会に顔を出すなんて、と義人を改めて非難しようとしたが、意に反して、しらばっくれている自分のことは棚にあげて、と、ほとんど失笑しかけ、あわてて口をつぐんだ。
義人は、体調はどうだい、と言いながら黒かばんを真砂子に渡す。オーバーを脱ぎ襟巻きをほどくと、顔色はよくなったな、と言いながらまた真砂子に渡す。真砂子はそれが大嘘なのは、鏡を見て知っていた。寝室に入ると、クロークを開け、ジャージに着替える。それからバスルームに向かった。真砂子は義人の背広を見つめている。ここ二日、義人が風呂にはいっているあいだ、すべてのポケットをまさぐってきた。財布から鍵を取り出してかばんの中もあらためてきた。携帯は毎回ひとつしか見つからなかった。NTTドコモの契約をこっそり電話してあたってみても、義人は一台しか契約していなかった。不思議なことだった。ティンカーベルがずらりと並んだあの来歴のわからない携帯はついに行方不明となった。……捨てられたのだったらいい気味なのだが。
ジャージの上にガウンをまとった義人が、ベッドに腰掛けている真砂子の隣にどっかと坐った。普段はこんな坐り方はしない。酔っているのがわかる。
義人が先に口を開いた。
「なぜ自殺ではなく事故死だったのか、理由を知ってるかい?」
義人は、スポーツ刈りに近い髪を左右に振りながら尋ねた。真砂子の正面には、さっき見たモニターが蛍光灯と義人の顔を映していた。真砂子は、マスコミの報道内容を思い出す。達郎とは、ろくに話をしていないし、斎場でも憶測は飛び交っていたが、確かなことは何も聞かなかった。したがって、まったく知らないと答えねばならなかった。義人はその答を知っていてこれから披瀝するつもりで尋ねているのは明らかだった。真砂子は、その情報の出所は達郎であることがすぐわかった。達郎は義人に、そのほかに何を語ったのか。真砂子に関して、告げ口でもしていまいか。真砂子は、斎場で二人が話している姿を思い出して身震いした。
「私なりに見当はつくけどね。達郎さんはなんて言ってたの?」



