郊外物語
真砂子は二晩続けて一睡もしなかった。朝方からやっと眠気がさしてきた。目を覚ました義人に、とても起きられないと謝りを言った。義人に病院と斎場に連絡してもらった。子供たちは一日早く世田谷に泊まりに行くことになった。真砂子は悪夢におののきながら、途切れ途切れの浅い眠りを夜まで繰り返した。今枕に頬を押し付けて棚のテレビモニターを眺めていた。義人は今月に入ってから五回目か六回目の忘年会に出ていてまだ帰ってこない。
午後八時五十六分から金曜ミステリー劇場「氾濫」の第六話の放映が始まった。テロップがうつり変わるあいだ、ある若手の女性歌手の歌うテーマソングが流れた。
これまでのあらすじが、断片的なショットを連ねて、男性のナレイターによって紹介された。何本ものCMの後にいよいよ本編が始まった。
画面に、突然、落下する黄色いTシャツ姿の昭子の姿が映った。背景は垂直の玄武岩の崖ばかり。それを切り裂くようにきりもみして昭子が落ちていく。ただし、カメラアングルは、海上からのものだ。日御碕の崖の中間点に昭子の体が達したときから、映像がスローモーションになる。以後、落下に連れてカメラが退き、体が岩にたたきつけられた時点で、視点は海上遥かに遠のいていた。画面の中央には、最初は見えなかった日御碕灯台が夕日を満身に浴びて、カルシウムの炎色反応さながらに、オレンジ色に輝きそびえている。岬の下のたくさんの岩礁に体当たりする波の音、ウミネコの鳴き声、そして……別の音も聞こえる。さらに奇妙なことには、確固と屹立しているべき日御碕灯台が、揺らめいている。真砂子にはちっともわけがわからない。早くも気分が悪くなってきた。
画面の右に、大きな赤銅色の裸の左肩が現れた。すぐに、男の上半身があらわになった。別の音は、漁船の焼玉エンジンの音と、カメラ作動中の携帯のシャッター音だった。灯台が揺らめいているのは、波とうねりで漁船が揺れるためだ。モニター場面は船上をゆっくりなめていく。漁船のハッチが開いたままだ。中は魚でいっぱいだ。ウインチが動いており、二人の漁師が作業中だ。網が巻き上げられ、残った魚が甲板にぶちまけられる。しかし、もう船は帰還途中だ。携帯が使用可能な位にまでは岸に近づいている。さっきの画面に現れた男は、船首甲板に突っ立ったままだ。作業ズボンをはいた後姿しか見えない。



