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郊外物語

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感情面は置いておき、行為だけを問題にしようとしても、真砂子は、はたと困ってしまう。犯行の現実感がないということはどういうことか。殺そうとまでは考えていなかったのに、木に竹を継いだように、殺害行為が割り込んできたのだった。しかし、それを実行したのだからその必然性があったはずだ。そこのプロセスが自分でもわからなかった。殺してやろうかと思うのと、実際に殺すのとは、千里の距離がある。時空を突破したような不思議な感じに促されて、いつのまにか日御碕の灯台の先に立っていて突進を敢行してしまった。感情の経緯もわからなければ、行為に対して現実感も抱けない。なぜこんなにわからないのかわからなかった。しかしわからないとひとりで言い張っていてもしょうがない。真砂子は客観的にはれっきとした殺人犯だった。それだけは事実だった。虎治を見殺しにしたときとはわけがちがう、あれは、事故だったと真砂子は確認する。事故を自分は見物しただけだ、手を伸ばしていたら引きずりこまれていただろう、昨日だって危ないところだった、パイプが抜けないまま、手を離すより前に、手繰り寄せた玲子の手が自分の手をつかんだら、一緒に落ちていたかもしれなかった。そうでなくてよかった。玲子を引っ張りあげていたとしたら。その後は玲子の命じるがままの人生が控えていただろう。義人を奪われるだろう。家庭崩壊。そうではなくてよかった! 理想の家庭を構築するためには、何でもするつもりで努力の人生を続けてきたが、何でも、の中に殺人が入っているとは予想できなかった。仕方がない。たくさんの犠牲はあるはずだ。玲子もまたそのひとつだった。邪魔者は消えねばならなかった。やるかやられるかだろうが! 玲子を殺した自らの心のいきさつを理解しないまま、理解を放棄した。他人にひた隠してきた心のうちは、いつの間にか真砂子自身にも自らを開かなくなっていた。自らが自らに対して他者となり、理解を拒絶していた。あの不思議な感じ、は掻き消えた。罪悪感も消えていった。真砂子は理念に執着した。殺しの必然さに居直った。それしか自己許容、自己救済の仕方を知らなかった。実は、愚かしさが許容され、救済されただけだったのだが。
真砂子は、午後十一時過ぎに斎場の出入り口に立ち、誰へでもなく礼をして、マンションに帰ってきた。

十二月十六日 金曜日 午後八時五十分
作品名:郊外物語 作家名:安西光彦