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郊外物語

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真砂子は棺を一回りすると、炊事場に向かった。顔見知りも含めて数人の奥さん方が立ち働いていた。互いに軽く会釈しあった。することはいくらでもあった。まず炊事場と集会場を行き来するウエイトレスとして働いた。集会場はいっぱいで、一度座り込んだ人はなかなか場所を開けない。早くも顔を赤くして、香典分は飲んでいこうや、などと破廉恥な言葉を吐きあっているおやじ達もいる。コックとしても働いた。四十歳前のマンションの奥さん方は、うろうろするばかりで、うちでもろくに台所仕事をしていないことが明らかだった。真砂子は年配組みと一緒に食材の買い出し、仕出しの追加注文、調理、皿洗い、掃除、伝票整理までやり、たちまち台所の責任者のようになってしまった。弔問客を導く案内係もした。そのままお帰り願う客か、棺の周りに関係者の分類がされてある折りたたみ式の椅子に坐っていただく客か、受付が指示するので、それに従って客を案内するのだ。その判断がつかない場合、受付が玲子の父親か達郎に携帯で尋ねる。その間真砂子はその見知らぬ客をあしらっていなければならない。真砂子の知る限り、新庄の関係者はひとりも来なかった。親類縁者の思い出話の聞き手としても活躍した。一人ぽつんと折りたたみ式の椅子に腰掛けている年配者や、落ち着きなくあたりを見回している客を飲み屋のホステスよろしく相手にした。真砂子は斎場からとても逃げるわけにはいかなくなった。
ゴミを捨てに炊事場の裏口を出た時、駐車場の隅で玲子の父親と達郎が向き合い、いつでもあいだに割ってはいる用意があるとでもいうようにデ・ニーロがそばに立っているのを見た。一触即発の緊迫した場面だった。真砂子は炊事場に逃げ帰った。
八時ごろ、真砂子が炊事場から出てきたところに制服姿の孝治と奈緒を連れて義人が現れた。真砂子はエプロンをとって四人揃って焼香した。義人が孝治を、真砂子が奈緒を抱き上げて、玲子の眠る顔を見せてやった。炊事場に戻る真砂子が振り返ると、義人は子供たちを末席に坐らせ、達郎の前に突っ立って話をしていた。忙しく働いているうちにいつのまにか義人は子供たちを連れて帰ってしまった。
作品名:郊外物語 作家名:安西光彦