郊外物語
その達郎はさすがに殊勝にも数珠を手首に絡ませて、遺体の枕でぶつぶつなにやら唱えていた。真砂子が背後から接近して耳を済ますと、サーラスポンダ、サーラスポンダ……オドーラオー、オドーラーポンダオー……レッセッセ……オセボセオー……、と唱えていた。ぞっとした。この人は頭がおかしいんじゃないか。達郎はこの期に及んでもふざけきっていた。ボーイスカウトの少年たちが歌うキャンプファイアーの歌だった。
焼香を済ませ、そばに立っている達郎に無言で礼をした。この男が一瞬でも真面目になる時があるのだろうか。達郎は何の特別な素振りも見せず、深々と礼を返すだけだった。
玲子の父親が血縁者の席に呆けたように坐りこんでいた。達郎と警察から娘の急死の報を受けるや否や上京したそうだ。市内のホテルに投宿したが、そこには荷物を置いているだけで、斎場に居続けである。よほどあわてて出て来たのか、あきれたことにこの父親は革ジャンパーを着てゴムの長靴をはいていた。背は高くないが、堂々たる恰幅で、周りの者の助言や忠告を頑として受け付けない傲然さが、頬骨のあたりに滲み出ていた。ジャン・ギャバンを彷彿とさせた。真砂子はその前を通らざるを得ない。目を合わせずにすり抜けるようにした。彼の大きな目と視線を横顔にひりひりと意識した。なにもかも見透かされているような気がして、全身にさざ波のような震えが走った。その父親の隣に、頬に十五センチ以上もの長さの刀傷のある、体格のよい紳士が坐っていた。服地は英国製で、デザインはイタリア風の、しゃれた三つ揃いを着ていた。こちらはロバート・デ・ニーロに似ていた。



