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郊外物語

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棺には遺体の顔のところに窓が開いていた。ドライアイスの煙の奥に厚化粧を施された玲子が眼をつむっていた。真砂子は、テレビドラマに出てきた出雲の巫女の顔を思い出した。ただし、窓の向こうの顔はまともなものではない。頭と右目の部分は包帯に覆われていた。その下は詰め物のはずだ。頬と顎についた裂傷に、ドーランを埋め込んで隠そうとしているのがわかる。白く塗りたくられた顔は、玲子の仮面としか思われない。玲子自身はその後ろに隠れているのか、あるいは、すでにどこかへ姿を消しているのか。仮面であるからにはそれに対して憎しみも悲しみもわいてこなかった。ただこの奇妙な現実に当惑するばかりだった。なんという予期せぬことが進行していることか。なんと非現実的なことだろう。自分がこの現実をもたらす元となったとは、どうしても思えない。いったい誰が玲子をこんな目に合わせたのか!
棺の頭のところに抹香を盛った壺が三つ並べてあり、その背後には、梵字の描かれた杉板の卒塔婆が五、六本立っていた。玲子の父親は、真言密教の素人研究家であり、空海の信奉者である。もちろん真言宗に帰依している。ところが、不思議なことには、煙の霞がじゃまになって下からはよく見えないが、拭き抜けの天井から縦一メートル横七十センチほどの石膏製の十字架が、棺の真上に吊り下げてあった。中空に浮いた十字架は眼下の様子を見下ろしている。たまたま眼を上げてそれに気づいた真砂子は様々な憶測を強いられた。まず、この斎場が宗教関係者の寄贈によるものなので、もともと吊るしてあったという可能性がなくはなかった。しかし、圧倒的に仏式の葬儀が多いのを承知のうえであえて十字架をさらしておくのはいかがなものか。今回だけの、意識的で異様な措置なのだ。父と娘は宗教上、最後まで和解できないままであったのかもしれない。どうして無宗教のお別れ会にしなかったのか。真砂子は、頑固な父親を想像は出来ても、玲子の信心をあくまで斎場で養護する達郎はとても想像できなかった。達郎が徹底した無神論者、宗教心には無縁な者であるのは、よく分かっていた。しかし犯人は達郎しかいない。達郎が義父に抵抗した理由が不明だった。
作品名:郊外物語 作家名:安西光彦