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郊外物語

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一階フロアーの真ん中に棺が置いてある。その左右に折りたたみ式の椅子が百脚ずつ向かい合って並んでいる。棺の頭のほうには、壁際に椅子が一列だけ並んでいる。親類縁者の席である。弔問客は入り口から玲子の左足のそばに接近し、左体側のそばを通りながら彼女の横顔を見ることになる。頭部に廻って焼香すると右体側に沿って降りていく。この一巡りにかかる時間はひとり五分ほどだった。焼香は滞ることなく続いていた。弔問客は次から次へと引きも切らず、延々長蛇の列が出来ていた。抹香の煙は焚き火でもしているかのように場内にこもり、暖房機からの風に揺らめく霞となり、人々が目をしばたたく原因のひとつとなっていた。
棺は白木ではなく、アメリカ製の黒檀の頑丈なものだ。真砂子が小耳にはさんだことだが、玲子は洗礼を済ませたカソリックのクリスチャンだったという。洗礼名はガラシャだ。さらに聞いた話によると、この棺には珍妙で恐ろしい仕掛けがあった。死者が万一蘇生した時に合図できるように、鈴が内部についている。鈴を引く紐は玲子の利き腕の人差し指に結んであるそうだ。真砂子はゆっくりと玲子の指が持ち上がり鈴を鳴らしながら自分を指す妄想にからめとられそうになった。十数年の看護婦生活で、死体はたくさん見ている。心肺機能が停止するや否や脳全体に壊死が始まる。機能停止から三分後には、脳全体が死んでしまう。蘇生の可能性はゼロだ。合図など送れるはずがない。ただし、指が動くことはありうる。死体は硬直と弛緩を繰り返すが、その移行の際に動くことがある。火葬する際に腱や筋肉が焼き切れると反対側に指とは限らず手や足が跳ねることもある。覗き穴から死体の焼けるのを見ている陰坊はそのことをよく知っている。真砂子には、玲子の遺体が、死後の時間から推すと、現在は死後硬直の最中であることがわかっている。指は微動だにしない。真砂子は、合図の鈴だなんて、なんと馬鹿なことを、と自分に言い聞かせた。つまらないことを考えるのは止めて静々と列の動きにしたがって前進した。
作品名:郊外物語 作家名:安西光彦