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郊外物語

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お経のように落ち着け落ち着けとくりかえしつぶやきながら車を運転した。スタートしてすぐに右の靴を床にこすりつけて脱いだ。パンストも靴下もびしょぬれだ。足が凍える。交通事故を起こさないようにと祈った。そして、とつぜん、大変なことに思い至った。
事件発生時に自分が玲子と会っていた可能性が高いことを知っている人物がただひとりだけいる。達郎だ。達郎が直談判を勧め、私はそれを拒絶しなかった。拒絶の言葉を伝えるひまを与えられなかった。行くつもりはないと後でこちらから電話もしてはいない。行ったととられても仕方ないのだ。達郎に行けと言われたが実際は行かなかったと断固言い張るしかない。誰に? 警察に? いや、まず達郎に言わねばならない。達郎は、きっとそのことで、私を厳しく詰問するだろう。部屋を訪れてはいない、玲子が墜落した時、とっくに私は地上にいたと突っぱねなくてはならない。下まで何分で行ったっけ? アリバイは大丈夫だよね。今さっきの行動は正しかったよね? ああ、頭が働かない!
人生最悪の事態に直面して、自分を叱咤激励しつつ、もう、気を失いそうだった。
玲子の遺体は、第一発見者の通報の十五分後に、救急車で市内の救急病院に運ばれた。あろうことか真砂子の勤務先だった。玲子の遺体は、出勤する真砂子の車を追って、走ってきたことになる。真砂子は再び、今度はきわめて詳しく、丸まったマリオネットのような玲子の遺体を見ることになった。遺体は緊急治療室ではなく、手術室に運び込まれた。ビニール袋に入った、散乱した遺体の一部は、手術台の傍らのトレーに山積みになった。真砂子は立場上見ているだけではすまなかった。血まみれの衣服を同僚看護師数人とともにはさみで切り裂き、シャワーで全身を洗浄し、頭を丸坊主に剃る。ところが頭蓋骨が右目の眼窩から頭頂部にかけて欠損していた。その中身は真砂子がかかとで踏んだのだ。真砂子は剃毛の最中に、迷走神経の痙攣を起こして寄り目になり、もとにもどらなくなってしまった。すぐに別室に移され笑気ガスのマスクをあてられ眠らされた。
救急病院ではそれ以上の扱いははばかられた。ドクターは遺体を一目見ると姿を消してしまった。
作品名:郊外物語 作家名:安西光彦