郊外物語
真砂子は、磁石に引っ張られる鉄クギのように、その現場に引き寄せられていく。実は、マンション住人の駐車場がそちらの翼の地下にあり、車はマンションの横の専用車線から出入りするようになっていたので、どうしてもそちら側に行かざるを得なかった。
遊歩道を早足で歩いていった。道の縁にはうっすらと雪が積もっていた。近づいていく途中でも、現場に集まる人の数は増え続けていく。だんだんその場に近づいていく。しょっちゅう人々は上を振り仰いでいた。危うくつられて上を見そうになった。
すぐそばを通る。逃げねばならないという思いが先行して、立ち止まるつもりはなかったが、素通りは不自然だとも思い、人の肩越しに様子を見てみた。遊歩道と花壇の間あたりに玲子のなきがらは横たわっているらしかった。生きている人が掛けたらさぞ暖かろうと思われる、茶色い厚手の毛布が踏みにじられた雪の上に見えた。体をかがめると、立っている人たちの脚の間に、毛布からはみ出た青黄色に変色した肘と、握られた掃除機のブラシが見えた。真砂子の目から涙が出てきた。とめどもなくなった。わけがわからなかった。憎悪の果てに殺害した敵の死体を前にして、成功の喜びに浸るなり、凱歌を挙げるなりすればよさそうなものなのに、この涙はなぜなのだろう。この悲しみはなんだろう。声を上げて泣いた。何人かの人がふり向いて真砂子を見た。圧倒的な悲しみの涙は、玲子に対するあれほどの激しい憎悪を押し流した。憎悪がどこかにいってしまった。まるで間違いだったかのように。悲しみは生理的な変調をもたらした。体に痙攣が走った。高圧電流に触れたかのように後ろに反射的に跳びのいた。その瞬間何か柔らかいものをヒールのかかとで踏んでしまった。硬めに仕上げた豆腐のような感触だった。右足をどけて見ると、灰色とピンクの混ざった、魚の内臓のようなものがつぶれていた。鼻につんと来る臭いが立ち上ってきた。二三秒考えてから、真砂子は反吐を吐き始めた。玲子の脳みそだった。
ときどき立ち止まって反吐を吐きながら、パーキングの清掃用具置き場まで走り、右のヒールを柄つきブラシで必死で洗った。やっと洗い終えたばかりのヒールを見たらまた吐き気が込み上がってきた。ヒールに新たな反吐がかぶった。



