郊外物語
チャイナプリンセスのようにかわいらしい子、達郎が愛した女、今真砂子が憎みきっている昔仲良しだった若奥さん、その女がそこにいる。部屋には急に連絡を受けて、それまでの掃除を中断し、新たな作業に移ったような感じが漂っていた。どたばたした、やや付け焼刃な匂いがした。その作業とはクリスマスの飾りつけである。一年ほど前に見たのと同じ光景だった。あのときは新婚夫婦のような新庄夫妻が共同で働いていた。真砂子も手つだいをした記憶がある。今、物干しロープからベランダの手摺りに渡すべく、摸造の樅の木の枝と葉を縒りこみ、イルミネーション用の豆電球をぶらさげた緑色のビニールテープを、玲子は、背もたれのついていない円柱のスツールに乗って、結わえ付け始めた。向こう向きになって手を頭上に伸ばしてロープにテープの先端を結ぶ。10センチほどの間隔をあけて三本結ぶと,スツールを降りて,ベランダの隅においた段ボール箱から三本テープを取り出し、そのうち二本をマフラーのように首にかけると、残りの一本を手に持ったまま、少しずらしたスツールに乗る。これをベランダの左端から右端にかけて繰り返していく。今四本目を結わえる作業に取り掛かったところだった。ベランダとリビングの間の引き戸は開けっ放しで、リビングに暖房は入っていなかった。真砂子は、おずおず、玲子に声をかけた、「わたし、なにをすればいいのかしら」
スツールに立ったまま上半身だけ振り向いた玲子は、さっきの印象とは裏はらに、爽やかに言った。
「ありがとう。実は、私、割と仕事があるの。掃除中だし。料理をたくさん作っておかなくちゃならないし。原稿の整理整頓もする予定。こうやってイルミネーションを飾ったら、お部屋の樅の木にも飾り付けしないと。私、しばらく、姿を消すのよ。だから、出来るだけのことをしておきたいの。本当のとこ、助っ人が現れた、ってさっきから喜んでるのよ。あなたの御用件は聞かないでおいてこんな勝手なことを思ってしまってごめんなさいね。でも、私はあなたの助けがないと、もう、瑣細なことも決定的なことも出来ないの。甘えっぱなしだわね」



