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郊外物語

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部屋のつくりは、真砂子のところの縮小版だ。家賃の比と正確に同じ割合で部屋の床面積が規定されている。何度も来たところだがいつも新鮮だ。玲子が頻繁に部屋の模様替えをするので、別のところに来たように、いつも、特に今も、感じる。お嬢様趣味からはとうの昔に脱しているのは当たり前だが、達郎の影響なのか、壁に作業着が貼り付けてあるのはいただけない。この人たちの新婚生活の残り火のようのものを見たり嗅いだりして、こちらはなんと言ったらいいのか。よござんしたねえ、とお愛想を言うのか? 肝腎の事を言い出すチャンスを失って、おのろけを自慢げに言い合ったりして、うっかり一緒に爆笑でもしたら? ばっかな! 私は頭が悪いから、本来の筋をすぐ忘れてしまう。あんた、いくらやっても無駄よ、こっちは大迷惑だ、よそを当たんなさいよ、言うこときかなきゃ、だんなにバラすよ、これだけ伝えられればよい。一時間半。出来るよ。私は出来る。がんじがらめだった人生切り開いて、ここまで来たんだろぅ? 落ち着きましょう。相手を、まず、よく見なくちゃ。今の刹那的な心理的生理的状況から、今だけではない、一年間の付き合いで見当をつけた敵の人生観まで、全部考えに入れた上で、ぐうの音も出なくさせなくっちゃ。恐れ入りました、御迷惑をかけました、と言わせなくっちゃ。
真砂子はそんな意気込みを気取られないように注意しながら殊勝そうに言った。
「お忙しいところに来てしまって。やっぱり出直してくるわ」
「かまわないのよ。そこにお坐りになって」
すでにリビングのソファに坐ってしまっている真砂子に、玲子は透き通った声で言った。玲子が開けた窓のほうを向いているから声が篭らない。
リビングの壁には、日本国中の、観光写真まがいの写真が、二百枚ほども張ってある。若い玲子と達郎が撮ったり撮られたり、第三者やオートに撮られたりした写真だ。「日本逃避行」は、真砂子も見ていた。新婚旅行を茶化したものだ、と新庄夫婦に言われて納得していた。よほど楽しい全国一周ツアーをしたのだろうと真砂子はうらやましく思い、ホロリとしてしまったものだ。しかし、ほんの一年前の思い出に心がやわにされて、今ここにきた意図、本来の行動方針がいささかでもぐらついてはならなかった。
作品名:郊外物語 作家名:安西光彦