郊外物語
真砂子は掃除機を洗濯場に片付けて、エプロンをフックにかけた。子供たちの縄跳びの握り手が、カランと音を立てた。そのまま出勤できるように化粧をした。普段はしないのだが、今日は、これから戦場に乗りこむような気がして、興奮のあまり、よろいかぶとの代わりのように濃い化粧をした。一心に化粧を続け、ふと我に返ると、鏡のなかに、思い出したくない、ピンクキャバレーでホステスをしていたときの自分の顔が出現した。あっ、と声を上げた。落とすのにひまをかけるより、それを見ていたくない心が勝って、真砂子は立ち上がり、キッチンのシンクの下のラムをごくごくとらっぱ飲みしてから、部屋の外に忍び出た。なぜこそこそしているのかわからなかった。
マンションは、向かい合った二基のエレベーターを中央にして両翼に広がっている。一階はショッピングモールになっており、スポーツジムも入っているので、昼夜賑わっているが、二階以上は森閑として人影がない。真砂子はエレベーターを九階で降りて新庄家のドアの前に立つ。
「あらあ、真砂子さん、おめかしして、誰かと思ったわ。どうぞどうぞ」
玄関口で真砂子を見上げる玲子の顔がやつれはてている。何か大掛かりなことをした後のように見えた。土曜日に会ったばかりなのに、憔悴しきった表情をたたえていた。自らを攻め立てる何者かの仕業を隠す気力がなくなっているのだ。私よりも悩むことが多く深いはずがあるはずはないのに、とかすかな劣等感を味わう。最初っからこんな風じゃ、冷静な話し合いは無理か、と思った。廊下を通り過ぎながら、玲子の細くて白いうなじを見つめた。私にはこれはない。義人は、こんな少女っぽい、か弱さ、が好きだったのか。ふと足がもつれた。明るいうちに飲む酒は効く。



