郊外物語
真砂子たちが玲子の部屋で御馳走になるときは、達郎がエプロン姿で腕を振るうのが常だった。玲子には、食事を作ることをなにやら下品なことと思っているふしがあった。ひとにやらせるべき作業であって、おいしかったら、褒めてやるなり、チップを渡すなりしてやればいい事柄だ、と思っているらしかった。確かに玲子はそういう育ちの女だった。育ちを自慢するのは論外だが、育ちで身についたことから脱却できない、あるいは、脱却しなくてもかまわないと思う精神を真砂子は嫌っていた。真砂子は、今も、お褒めの言葉を賜わったような気がして、素直には喜べなかった。
「ではあらためて乾杯しますか。新庄玲子女史の興味津々たる作品に乾杯」
義人が長い腕でジョッキを差し上げながら言った。真砂子は玲子と目配せだけした。男同士は,チリンと音を立ててジョッキをぶつけた。今日だけで、何度目のチリンだろうか。ホモかと思うほど、毎週末、べったりとくっつきあっている。飲みっぱなしだ。彼らは、そろいのフードつきの体育着を着ていた。週末は、部屋の中では二人ともこの格好で過ごす。ステテコやパッチをはかない代わりに。並んで坐っている姿をあらためて見ると、体型の違いが歴然としていた。赤銅色の顔を太い首が支え、肩幅が広く胸板の厚い達郎に対して、ひょろりとして顔面蒼白、胸郭も骨盤も狭い義人は、いかにも頼りなさそうだった。
新庄夫婦が移転してきて数ヶ月ほどは、義人と達郎は、お互い同士が相手に見出す異質性に好奇心を刺激されて付き合っていると真砂子は思っていた。ハネムーンが過ぎれば落ちつくと踏んでいた。ところがそうはならなかった。真砂子は、この二人の絆が、どこでどんな具合に成り立っているのか、突き止めることに関心を持ち始めた。達郎が夫婦の間に介入してきて邪魔くさい、とは思わなかった。まして、達郎に嫉妬するなど思いもよらなかった。真砂子は、義人が自分を愛していることには絶対の自信を持っていたし、自分が義人をどんなに信頼しているかを自覚していた。そしてそのことが義人に伝わっていることにも自信を持っていた。
「今日は鹿野さんに見られてしまったわ。恥ずかしいったらありゃしない。私の見えないところでご覧になるのならまだ耐えられるけど、モニターと私と交互に鹿野さんに観察されるなんて、いくら自意識過剰の私でも、なかなかの試練でございましたわ」