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郊外物語

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真砂子は、誰もいないリビングの真ん中に立ったままだ。スイッチを切った掃除機が腰骨に寄りかかっている。切られた携帯をのろのろとロングスカートのポケットに入れた。明日の夜まで計画にとりかかれないとは、今日と明日を不平と不満を抱えて過ごせと言われたに等しかった。さらに、達郎は、相談そのものを拒否するような口ぶりである。真砂子の耳の底に、達郎の強い口調がまだ響いていた。直談判、さっさと話をしたほうが……。
今朝は義人が子供たちと連れ立って家を出て行った。楽しそうにクリスマスを話題にしていた。玄関のドアが閉まるや否や、寝室に走り、ベッドの下にもぐりこんだ。日曜日に着信記録をすべて見てからそのときまで携帯に手を触れていなかった。それを無視し、あってなきがごとく扱うことによって、真砂子はそれが及ぼす心理的撹乱を避けようとしてきた。しかしとんだ思い違いだった。三日のあいだ、真砂子は携帯を背にわき腹にみぞおちに感じながらベッドで輾転反側し続けた。着信音もバイブも切ってあるからこそ、その活発な活動を妄想してしまった。ついには、携帯は、ベッドの裏に住みつくオペラ座の怪人のようなものにまでなった。携帯の内容を午前の日光の下に暴いて、隅々まで吟味して明快な解釈を得たくて堪らなくなったのだった。
ところが携帯はなかった。義人が病院に持って行ったのだ。平日はそういう習慣になっているのか? すると、今朝出掛けの義人の体には、少なくとも二つの同機種の携帯がくっついていたことになる。真砂子は仰向けのまま頭を抱えた。義人は、どのポケットから携帯を取り出すのだっけ? 真砂子は、いつも見ているしぐさなのにとっさには思い出せない。……背広の左の内ポケットから出す。しかし、ズボンの右ポケットからも出す。ひとつの携帯の入れ場所が時によって違うのではなくて、二台の携帯の入れ場所がそれぞれいつも別個に決まっているのではないか? バイブを最弱にしておいたらば、そばにいる人間にも、どちらに着信したかはわからないだろう。左右連続してかかってきたら、一方は出なければよい。あれえ? 頭を左右に振った。私はなんて頭が悪いんだろう、同じポケットに入れておいてかまわないんだ、手を入れて震えているほうをとればいいだけだ。どちらも赤のドコモの70105号機だ。
作品名:郊外物語 作家名:安西光彦