郊外物語
「ああ、真砂子さん、今ちょうど電話しようと思ってたんです。僕はすぐ近くにいることはいますが、会社に行くところです。ちょいと野暮用で今は車の外に出てますがね。これから、八王子インターに向かいます。実はこんなことしてられないくらい急な仕事が入っちゃったんですよ。僕の居場所がどうかしましたか?」
「いいえ。そりゃ、普段はなるべく遠くにいてもらうとうれしいけど、お近くだったら今だけはうれしいところだったんだ。急用がおありなら仕方ないな」
「そうかあ、僕の思いが通じたか。真砂子さん、口では憎まれ口をたたいていても、僕の誠意がわかってくれたんだすね。こりゃ、うれしいな。ああ、窓の外に、青空が輝いてる!」
真砂子は、ワルが人をだますときには、澄んだ川の流れのように自然で清謐でよどみなく、かすかな違和感もなく行動し、真情に流されるときには、うって変わって嘘っぽくてぎこちなくて不自然で見るからにワルっぽくなる、という逆説を知らなかった。今の発言は後者の部類だった。だから達郎が真砂子にぞっこん惚れていることを真砂子はわかっていなかった。
「そんなんじゃなくて。今日、お帰りになる途中で携帯を入れていただきたいの。今から場所と時間を決めといてもいいな。それとも明日お仕事に行く途中で待ち合わせるという手もあるか」
「今日明日は珍しく忙しいんですよ。残念無念だなあ。明日の夜八時過ぎならなんとか」
「そんなに待てないの」
「ほう? 意味深長な発言ですなあ。どんなテーマのお話でしょうか?」
「あのねえ、おたくの奥様のことなんだけど。新庄さんと御相談したいことがあるのよ」
返事がすぐ来ない。沈黙が続く。五秒、六秒。真砂子が、もしもしと問いかける寸前に、達郎が別人のようなそっけない口調でしゃべり始めた。
「うちの女房がどうかしたんですか? あのね、そもそも僕はあなたと、玲子のことなんかで話をしたくはないですな。せっかくかもし出されてきた雰囲気が早くも壊れかけてるじゃないですか。僕経由じゃなく、直談判してみたらどうです? 今、掃除の最中で、部屋にいますよ。昼前には出かけるらしいですから、さっさと話をしたほうがいいんじゃないでしょうか」
最後はほとんど命令口調となった。いきなり携帯が切れた。



