郊外物語
私はすでに放送された分しか内容がわかりませんので、局との話し合いはメールだけのやりとりにしてもらっています。達郎だけでメールの送受信をしています。私が直接顔を見せないし、電話で話もしないので、局の一部の人たちはかんかんに怒っています。私が、重い鬱病に罹っているという噂も生まれました。視聴者の評判はとてもいいんです。しかし大幅に原稿が遅れています。普通なら何ヶ月も前にクランクアップしていなくてはならないのに、最終回の分がまだ書きあがっていません。放送局も、俳優達も、もちろん私も怒りを通り越してパニックにおちいっています。言い訳の種がもう私には尽きました。実作者が達郎であることがばれそうです。肝硬変で書き上げる体力があるかどうかも怪しいくせに、達郎だけが平気です。
私は、彼が私のゴーストライターになったころから、それまでの鬱憤をまとめて晴らすかのように、彼を非難し中傷し難詰し呪うようになりました。ヒステリーを頻繁に起こします。自分が不用になったことが、そうすることで解消されるかのように。おかしな心理ですね。情けないですね。しかし私はそのこっけいな惑乱に陥ってしまいました。私が出来ること、あるいはしたいことは、もうこんなことしか残っていないのです。私はあのひとにとって、いなくてもいい人間になってしまった。私はあのひとにとって、メリットがなくなった。あのひとの秘密だけを知っている余計者だ。そんなふうに自分をボロぞうきんみたいに卑下し続けた結果、ついに私は、大きな恐怖の井戸に墜落してしまいました。
達郎は私以上に変わりました。とてもとても優しくなったのです。私の罵詈雑言に一言も反論しません。気持ちの悪いほど寛容で、私をなだめてくれます。達郎は何を考えているんでしょうか。何かきっと恐ろしいことをたくらんでいるはずです。なにせあの人は、地獄に住んでいますからね。本当に怖い。ひしひしと怖い。達郎の微笑。絶え間ない微笑。笑ったことなどめったにない人だったのに。深いたくらみを秘めた私への思いやり。限りなさそうな余裕。こんな達郎を今まで見たことがありません。なんと、なんと恐ろしいことでしょうか。きっと私の身に何かがもうすぐ起きる!
お父さま、どうか助けて!



