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郊外物語

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私はその夜、達郎から酒瓶を取り上げて、ほっぺたを張り飛ばしました。罵倒はしません。無言で何度も何度も達郎を殴りました。達郎は、すぐに事態を察しました。私に殴られながら、心ここにあらずといったふうの、遥か遠くに思いをはせるような表情を浮かべました。しかしそれも長くは続きませんでした。よっぱらいのだらしない顔つきに舞い戻ると、へらへら笑いながら、こちらから頼んだわけではない、謝る気はない、感謝もしていない、とうそぶきました。達郎が人間の感情を持っていない悪鬼であることがよくわかりました。ところが、お父さま、なんて情けないことでしょう、不甲斐ないことでしょう、その悪鬼から私はどうしても離れられなかったのです。
達郎は、専門学校をやっと終えると、学校の紹介先に就職するために上京することになりました。私は私で、テレビ会社に、二年前に送るべきだった事情報告をドラマ台本の形式でお送りする、これでご勘弁願えるならすぐに上京する、と手紙を書きました。達郎との逃亡生活を四ヵ月十六回分のドラマに書いたのです。それは、お父さまもご存知のはずの、「日本逃避行」という題で放映された作品で、悪い評判ではありませんでした。なんという温情溢れる会社であることか。まったくフジテレビには今でも足を向けて寝られませんよ。
こうして東京での生活が始まりました。
私は、テレビ台本を十年間夢中で書き続けました。
そして、燃え尽きてしまったのです。
私は、はじめの四,五年間は、達郎とのことをネタにして書いていました。しかし次第に行き詰まりを感じてきました。相変わらずのアル中男で、CG会社でもぐうたらしていて、いつまでもバックしか描けないでいる男がドラマに出てきても、面白くもおかしくもありません。私は、ブッキシュな人間です。どちらかというと、観念的で抽象的な事柄に興味を持ちます。ところが、ドラマ台本は、具体的な会話とアクションから成り立っています。経験したことは書けるのですが、そうでない場面を自分は想像で書けないということに気がついて愕然としました。私は何とかごまかしながら十年やってきましたが、ついに想像力が進化することはありませんでした。十年たって初めてボツ原稿を出しました。局の方たちも頭を抱えていました。
作品名:郊外物語 作家名:安西光彦