郊外物語
会社にはわけありだと足元を見られていたので、月二十万に満たない給料でした。いつでも逃げられるように逃走資金を貯めておく必要があり、家賃、インフラ経費、定期代、専門学校の授業料を引くと何ほども残りません。車はさっさと売ってしまいました。
大家さんが催促するので、十二月に、おっかなびっくり住民票を移しました。
達郎は、一人にしておくと、ぐうたら酒ばかり飲んでいます。毎日、昼間は専門学校で微酔状態、私との勉強中も、いくら注意しても飲みながらでしたし、勉強後は深夜まで泥酔。お金がないからと酒代を渡さないと、どこやらでカツアゲしてきますので、怖くて小遣いを渡さざるを得なかったんです。何度泣いて頼んでも生活習慣が変わりませんでした。
達郎はいよいよ酩酊が日常化してしまって、こちらからまともなことを話しかけられなくなりました。学習能力はそこそこあるのですが、向こうからなんにも返ってこなくなりました。相談したり頼ったりできる相手がいないので、私は孤独な決断を積み重ねていくより仕方がありません。心細くて、不安で、自信なぞまったくなくて……。しかし、めそめそ泣いてはいられない。生き延びていかねばなりませんでした。
ブルジョアのお嬢さんから、一挙に犯罪者のオンナに転落し、全国を逃げまわる生活は、はらはらヒヤヒヤしながら、瞬間の本能だけでその時どきの状況を打っちゃってきました。福岡に定着して職を持つ身となって、否応なく自分の分際を反省させられることになりました。
私は市民社会を追放された者でした。追放だけではすみません。手配されているはずでした。少なくとも殺人幇助、犯人隠匿の罪は逃れられない。達郎なんか、逮捕されて詳しく調べられたら、一生刑務所から出られない。死刑になるかもしれない。市民社会の外のアウトローの世界でも、警察より遥かに厳しく追及されているはずでした。達郎は捕まればすぐ殺されるでしょう。私は殺されないでしょうが、一生座敷牢の生活が待っているでしょう。私は市民を騙し、自分も市民の振りをして、市民社会に変装して紛れ込んで稼いでいかねばならなくなりました。私は、仮想市民社会、庶民層には、私ほどではないかもしれないけれど、たたけば埃の出る身の人間はたくさんいて、秘密を抱えてひっそり生きていると思っていましたので、そこにもぐりこむことは可能だと、はかない希望を持ちました。



