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相撲番長

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 二つ先の交差点に、在る訳の無い水たまりが出来ている。蜃気楼。よく映画とかで砂漠のシーンに出て来て、主人公が走って行くと何も無くてがっかり、っていうあれと一緒。そうだ。近い内に、仲間と海に泳ぎに行こう。思いっきり水と戯れて、失われた夏を、取り戻すんだ。もしかすると、可愛い女と仲良くなれるかも知れない。嫌な事なんか忘れて、仲間と女と俺、海辺を走る。派手な水着の女の胸が、横にした8の字を描きながらゆっくりと揺れる。そう、何故かスローモーション。阿呆な想像をしながら歩いていたら、少しだけ元気が出て来た。
 ホント暑い。
 昨日大雨が降ったからだろうか、今日は特に日差しが強く感じる。散歩中の犬も息切れしていて、とても楽しんでいるようには見えない。汗かきな俺は、元々夏が好きじゃない。しかも、今年の夏は、今の所、人生で最悪の夏。なんて思い始めてまたブルー。

 水田のプレハブの前に着いて、ほっとした。今日は何も起こらなかった。安普請のドアノブを引くと、むっとした男の汗の匂いと煙草の匂い、そして俺の部屋がそうであるように、幽かに精液の匂いがした。自分の家以外で最も俺が落ち着く場所。それが、ここ。
「おう、俊政。久しぶり」
 一番入口に近い所に銜え煙草で寝転んでいた佐藤裕太が、白い歯を光らせて眩しい笑顔を見せた。佐藤は俺達のグループの中で一番の美男子で、何時も洒落た服を着ている。今日もラインストーンで髑髏が描かれたピチピチのTシャツにクラッシュジーンズを穿いている。こんな服は、少なくともニコニコプラザには売っていない。上手い具合に染まった髪も、都内のサロンで染めている。ジャニーズ顔の男前。特別スポーツが出来る訳じゃ無いし喧嘩が強い訳じゃ無いけど、こういう奴は何処の不良グループにもいるもんだ。男前が一人居るだけで俺達の格も上がるし、学校で一番悪いグループに居るだけで奴の格も上がる。
「おう」
 俺はわざと無愛想に応えて、壁際の床に座った。部屋の中には俺以外に三人。残りの二人、水田とケーホーは、対戦型のサッカーゲームをやっている。
「馬鹿テメエふざけんなよ」
「ごめん」
 怒っている方が中学のナンバーツー、水田雄基で、怒られている方がケーホーこと星野慶だ。ケーホーは簡単に言うと俺達のパシリで、馬鹿で気弱なチビ。肝心な時になると必ず何処かに居なくなり、熱りが冷める頃にそっと現れる。常に人の顔色を見て生きているから、危機回避能力が並じゃない。ケーホーと言う変な渾名の由来は、まず仮性包茎であるから。更に名前がホシノケイだから略してホーケイ。暫くはホーケイと呼ばれていたが、流石にそのままズバリは呼ぶ方も恥ずかしいという事になってケーホーに改められた。勿論、本人はこの渾名を気に入っていない。自分より確実に弱い奴に対してのみ度を超して凶暴になるケーホーは、何の戦意も無い真面目っ子を三回病院送りにした事がある。理由は全て、ケーホーと呼ばれたからだと言っているが、俺の知る限りそれは全て被害妄想だ。小狡くて気の小さい変な奴だけど、何故だか不思議と憎めないのは、奴の家が俺と同じような母子家庭だからかも知れない。因にまだみんなには知られていないが、実は俺も密かに仮性包茎だ。剥けばちゃんと剥けるけどね。つやつやしてて、奇麗だし。
「畜生、テメエ俺に勝つんじゃねえよ」
「だってごめん」
「だってって何だよっ」
「ごめんなさい」
 何時もと変わらない二人のやりとりを見ていると、何だか滅茶苦茶、癒される。他にも五人ぐらい仲間と呼べる奴が居るが、本当に親友と言えるのは、ここに居る三人だけだ。
「ケーホーちょっと代われよ」
 俺はコントローラーを引ったくり、水田の横に座った。水田は身長百八十ちょい、がっちりとしたでかい男で小学校まではリトルリーグのエース&四番打者。スポーツ万能で家も金持ち。何の不自由も無かった筈の水田の不幸は、三人兄弟の兄貴二人の出来が良過ぎた事だ。一番上の兄貴は東京の大学、それも東京大学を出た天才で、二番目の兄貴も東大一直線な感じの有名進学校に通っている。おまけに二人共決して勉強ばっかしのもやしっ子では無く、水田に負けず劣らずのスポーツマンだ。長男はテニスで、次男は棒高跳びで中学時代に全国大会に出て入賞までしている。俺やケーホーみたいに片親じゃなくても、グレる要因はいろいろあるもんだ。
「来たか俊政、久しぶり。よし、勝負勝負」
 俺はブラジル。水田はフランス。フランスボールでキックオフ。

 やってる事は何時も同じ。ゲームをやって、漫画を読んで、それに飽きたらエロ話。だんだんエロ話に乗って来ると、四人の中で唯一童貞のケーホーが必ず勃起して笑われる。後はどこのクラスの誰が可愛いとか誰がヤリマンだとか。後輩の誰が生意気だとか地元の誰が強いとか弱いとか。掃除機でちんちんを吸ってみたら痛いだけだったとか。きんたまをじーっと見ていると皮がゆっくり動いているのは何でだろうとか。腹を抱えて笑いながらたわいも無い話をしている内に気付くと夜中になっている。そして今日もそんな感じ。何時もと同じ。
 いや、変だ。
 やっぱり変だ。
 変過ぎる。だって誰も、俺に武勇伝を聞かないじゃないか。俺は二中のトップ、錦戸を倒した男だ、嘘だけど。そう思い始めた途端に、みんなの顔がのっぺらぼうに見えて来た。すぐ近くにいるのに、みんなの声が遠く感じる。不安の黒雲がどんどん広がって来て、会話に入っていけなくなる。やはり明日香と愛がバラしたか。真相を知りたいけど、それを聞くのは無理だ。怖過ぎる。もしバレていたら、格好悪過ぎる。
「どしたの? 何か元気なくね?」
 佐藤が能天気な顔で聞いて来て、俺は更に混乱した。みんな何処まで知っているのか。或は何も知らないのか。真相を知らないとしたら何故、武勇伝を聞きたがらない。良い方に考えれば、日にちが経って興味が無くなっただけって言う可能性もある。
「え? そう見える? 煙草喫い過ぎて肺痛えけどそれでかなあ」
 平静を装ってまた馬鹿話に加わる。何時もの如くインターネットの裏ビデオ販売サイトにある無料サンプル動画を、四つの頭をくっ付けながら観て、「この体位は気持ち良いんだよなあ」とか、「こんな風に潮を噴かせるには指の形はこうだ」とか、嘘なのか本当なのか分からない自慢話をして、最後にケーホーが「いーなーみんな」とフル勃起状態で呟いた所で、夕方五時の夕焼け小焼けが聞こえた。この曲を聞くと、何だか悲しくなる。何で毎日毎日、これから夜が始まるっていう時にこんな切ない曲をかけるんだろう。しかも日本中で。しかもよりにもよって、こんなに不安な時に。

 不安のでかい種を胃袋に残したまま、俺達は何時ものようにコンビニに行く事になった。水田の家から歩いて三分のセブンイレブン前は、俺達の第二の溜まり場だ。出来たばっかりの頃は、しょっちゅうそこで万引きをしていたけど、元不良の店長が気の良い最高の人で、店長と仲良くなってからと言うもの俺達グループの万引きは一切禁止にし、もし他の奴らが万引きをしているのを見つけたら、速攻でボコる事に決めた。
作品名:相撲番長 作家名:新宿鮭