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相撲番長

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 人口だってどんどん増えている。再開発中の駅裏には馬鹿でかいツインタワーが建設中で、片方は四十五階建ての高級分譲マンション。ちょっとだけ背の低いもう片方のビルには、高級老人ホームが入るらしい。その間には駅と直結の商業施設が出来るらしく、駅の裏と表の勢力がひっくり返るのも時間の問題だ。
 どんどん増えるぞ、千葉都民。
 老後もばっちり、千葉都民。
 三十年のローンを組んで手に入れた、夢のマイホーム。最近流行りの町村合併。出来る事ならこの街も、東京都に吸収してもらいたいものだ。電話番号も03にしてくれ。新東京タワーも、どうせならこの辺に建ててくれ。そんな思いを抱えながら、平日の千葉都民達は今日も川を越え、満員電車で都心に向かう。
 結果、土日の客をニコプラと駅ビルと商店街が取り合う。マンションと老人ホームの客を当てにして、駅裏に新顔も参戦予定。バトルロイヤル。
 俺はそんなこの街が嫌いじゃ無い。東京はたまに遊びに行くぐらいで丁度良い。東京に住まなくても、大体の物は揃うし、駅ビルにはマックもあって、駅前にはスタバもある。夏はスタバのフラペチーノが一番だ。ちょっと高いからたまにしか飲めないけど。

 そう言えば駅ビルのマックに滅茶苦茶可愛くてしかもスーパー巨乳のバイトが入ったってみんなが騒いでたな。そのうち行かなきゃ。なんて考えながらストローを銜え、商店街を歩く。パチンコ屋の自動ドアが開いて冷房の風が気持ち良い。本屋まで丁度煙草一本分の距離。飲み干した透明プラスチックのコップを放置自転車の籠に捨てて、セブンスターに火を点けた。シブく片目を細めながらね。何時の間にか、すっかり余裕。今すぐ出て来い! 豚野郎。と思ったら、
「おい俊政」
 最悪だ。
 聞き覚えのある甲高い声が、背筋を凍らせた。今度はその辺のおっさんとは違う。この声。黒澤隆光だ。
「煙草一本くれよ」
 目を合わせないように振り返る。黙って煙草を差し出すと、黒澤はそれを抜けた前歯の間に挟み、「火ぐらい点けろよタコ」と俺を威嚇した。
「はい」
 次にやられる事は既に分かっている。思いっきり顔に煙を吹き掛けられるんだ。その後はお決まりの「金貸してくれよ」。ポケットに手を突っ込まれて、有り金を全部取られる。そして必ず「こんだけしかねえのかよ。ケツ持ってやるから金持って来いよ」そう言いながら俺から取った金をちょっとだけ返す。「取っとけよ」が、その時の決まり台詞だ。最後に一発殴られるか千切れそうなくらい耳を引っ張られる。帰り際には「金ねえんだったら女紹介しろよ」と臑を蹴られる。
 俺達は街で偶然黒澤に会う不幸に備えて、何時も必要最小限の金しか持ち歩かない事にしている。今日も、元々ポケットの中には千円ちょっと。スタバでフラペチーノを買ったから、残っているのはヤンマガ用の金が数百円あるだけだ。また今週もヤンマガを買い損なうけど大した被害じゃないや。マンガ喫茶でも読めるしね。そう思いながら煙を吹き掛けられポケットに手を突っ込まれた所で、俺は更に最悪な事に気付いた。
「お、なんだこれ」
 メリケンサックだ。
「お前生意気にこんなもん持ち歩いてんのか。こんなもん買う金あんなら俺に持って来いよ」
 黒澤は案の定ニヤニヤ嗤いながら両手にメリケンサックを嵌め、「お前まさか」とコブラのような目で俺を睨んだ。
「こんなもんで俺を殴っちゃおうと思ってたんじゃねえだろうな」
「いや、違いま」
 言い終わらない内に腹を殴られた。息が止まり、直後、内蔵を口から吐き出しそうになった。自分の金で買った、まだ一度も使った事の無い武器の威力を自分の体で思い知らされた。半端じゃない。息が出来ない。ツイてない。偶然会うのが黒澤じゃ無くてあのデブだったら、パンチ一発で楽勝だったのに。腹の中で、内蔵がもんどり打っている。俺はまたもや伸ばされてしまった。みっともなく地面に手を付いて、四つん這いで喘ぐ。
 気絶出来ない分、今度の痛みは、地獄だった。

 十五分後、何とか立ち上がって数歩歩いた所で、胃袋の中にあった甘いコーヒーが酸っぱくなって口から飛び出た。許せない。ポケットの小銭も、すっかり無くなっている。こんな日にこれから何が出来る? 腹も痛いし金も無い。
 また帰るしかないか。
 まるでプレステでアクションゲームをやっているみたいだ。この面の小ボスを倒さないと、次のステージに行けないみたいな。取り敢えずデブと黒澤。何時か絶対に復讐してやる。
 酸っぱい唾を道に吐いた。前から来た厚化粧のおばさんが、嫌そうな顔でそれを避けた。

 次の日は、また何もしないで家に居た。
 三時頃、湿った匂いがぷんとして来て、その後大雨が降った。スコールって言うのかな、こういうの。物凄い土砂降りだった。俺はずっと、ベランダで雨を見ていた。このままどんどん洪水になって、大惨事になれば良い。或は、ニコニコプラザに成田発の飛行機が突っ込むとか、拳銃を持った気違いが中学校に立て篭るとか、何でもいいからあり得ないぐらいの大事件が起こって、みんなが俺の事を忘れてくれたらいいのに。きっと不倫現場をスクープされたり葉っぱで逮捕されたりした芸能人も、今の俺と同じような事を考えるんだろうなあ。そして何時だって事件はそんなに都合良く起きない。きっとそう言うもんだ。
 気付いたらまた蝉が騒ぎ始め、すっかり日差しが戻っている。地面に溜まった水が一気に蒸発して、遠くの景色が揺らいで見える。そしてまた、暑い、痛い、暇、の三重苦。
 俺の許可なんかいちいち取らずに、中断された夏は勝手に再開された。




 一昨々日の明々後日。さきおとといのしあさって。つまり今日、木曜日。悩んだあげくに、俺は商店街を迂回して水田の家に向かった。情けないけど。
 最近、あの道を通ると本当にろくな事が無い。嫌な予感が鼻の頭に貼り付いている。順番から言って、今度は二中の錦戸あたりに会いそうだ。まあ奴は学区が違うから、こんな所で会う可能性は殆ど無いが、電車で何処かに出掛けるとしたら、利用する駅は同じだからこっちに来る筈。用心に超した事は無い。もし今奴らと事を構えても、これだけ満身創痍では勝ち目が無い。頼りにしていたメリケンサックも、昨日黒澤の糞に取り上げられてしまった。
 あーあ。
 思えば夏休みの貴重な一週間を無駄にしてしまった。尤も、元々学校なんかしょっちゅうサボってるけど。それでもやっぱり夏休み、平日にサボるのとは気分が違う。なんせ学校中の生徒全員が、合法的に休みなのだ。そんな特別な日を、一週間も損した。悔し過ぎる。俺は貧乏人の子だから、損が大嫌いだ。
 しかし暑い。
作品名:相撲番長 作家名:新宿鮭