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相撲番長

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 ムッとして水田を見た。その時、ガッシャーンと効果音を立てて俺達のランキングが入れ替わるのを感じた。水田ナンバーワン。俺ナンバーツー。先に目を逸らした俺は、水田の迫力に圧倒されていた。
「じゃあ来んのか」
「ああ行くよ」行きたくないけど。
「佐藤は? 来んのか」
「あ、うん、みんなが行くなら、行くよ」
 俺達は完璧に呑まれていた。やっぱやめとこうよ、なんてとても言える雰囲気じゃ無い。
「で、何時やるの?」と佐藤が聞く。まさか今日じゃ無いよねって感じで。
「今日これから」感情のまるで感じられない冷たい声で、水田が即答。
 俺はケーホーを呼び付けようとメールを打った。バットは四本。多分途中で居なくなるけど、最初から居ないよりはまだましだ。当然、今から相撲部屋を襲撃に行くっていうメールじゃ無くて、みんな久々に水田んちにいるからお前も今から来いよって感じの文を速攻で打って、送信。
 どうしよう。
 携帯を閉じて考える。でも今更どうしようって言う状況じゃない。こういう展開になってしまった以上、もうやるしかないのだ。
 良くニュースであるやつ。中高生が勢いで人を殴り殺しちゃう時って、きっと皆こんな感じなんだろうなあ。




 やっぱり襲撃と言えば夜だろうと言う事になり、日が暮れるのを待った。その間、作戦を立て皆にフォーメーションを指示するのは、今や俺では無く、水田だ。殆ど何も書かれていない数学のノートに、相撲部屋の見取り図、俺達四人の配置、頭をカチ割った後逃げるコースが書き込まれて行く。遅れて合流したケーホーは、ペンの軌跡を目で追っているが、たぶん何も理解していない。奴が見ているのは、文字では無くて動くペンだ。考えている事は、如何に上手く消えるか。ケーホーの額には透明なペンで<だまされた>と書いてある。
 作戦はこうだ。
 相撲部屋の正面に都合良く月極の駐車場がある。そこの車の影に隠れて奴らが出て来るのを待つ。俺と水田と佐藤はデブが現れたら一気にダッシュして、坊主頭を三人でカチ割る。戦力的にあてにならないケーホーは、駐車場の入り口付近にある自動販売機の裏に隠れて、俺達がやばくなったら後ろから行く。やった後は右左二手に分かれて走り、更に一つ目の交差点でも二手に分かれ、逃げ切ったら各自、駅裏の児童公園に集合&解散。
 ただそれだけ。見取り図を描く意味なんか、殆ど無かったじゃん。
「何か質問ある奴いないか」水田の問いには誰も応えない。「ケーホーっ、やる気あんのかぼーっとしやがって、お前何かねえのか質問は」
 驚いたケーホーが、感電したみたいに肩を竦める。
「えーと」暫くの間、斜め上を見て言葉を探していたケーホーが、場違いなくらいに明るく言った。「終わったらバットはどうすればいいの?」
 予想外のまともな質問に、全員が唾を呑んだ。
「そんなもんあれだよ」包帯でかぶれて痒いのか水田はしきりにペンの根元で頭を掻く。「自分で考えろよ」
「捨ててもいいの?」
「駄目に決まってんだろ。野球部に返さねえと」
「わかった」
 どう見ても何も分かって無い顔でケーホーが応え、俺はちょっと笑いそうになった。血塗れのバットを持って夜を走るイメージ。またボロボロのグチャグチャにされるイメージ。今俺達が頭に思い描くべきものは、明らかに前者だ。どうせやるなら今度こそ。後の事なんて考えず、取り敢えず児童公園で笑おう。
「他に質問ある奴いるか?」
 頭の中に質問はあったけど言うのは止めた。取り敢えず、やってみよう。何かが起こったら、その時だ。
「よし、行くか」
 水田の声で俺達は立ち上がり、一本ずつ金属バットを握った。

 帰宅ラッシュが終わった夜八時半。俺達四人は忍者みたいな爪先走りで駐車場の暗がりに身を隠した。ケーホーも一緒に居るこの時点で、すでに作戦は崩れている。でも、だれもケーホーを責めなかった。一人であんな所に立つのは寂し過ぎる。しかももし誰かに見付かったら、怪しい事この上無い。夜の自動販売機の裏に金属バットを持った少年。一発で通報されても可笑しく無い。
 俺達の八つの目は、暗闇で獲物を狙う餓えた狼って感じで、五所ノ関部屋の様子を見詰めている。熱帯夜の始まりに背中から汗が滲み出し、シャツがぴったりと貼り付いている。緊張でカラカラに喉が渇く。
 改めて見ると五所ノ関部屋はかなりでかい。三階建ての巨大な一軒家で、一階の玄関より右側は格子の付いた窓が並んでいる事から考えて、たぶん稽古場だろう。土俵もあるかな。左側は、お勝手があるからたぶん台所。二階は洗濯物が干してある所を見ると弟子達の部屋だろうか。よく見ると、あの時と同じ浴衣が何枚も干してあり、洗濯バサミには白いブリーフが揺れている。最上階から漏れる灯りだけが、何故かムーディーで高級感がある。多分親方か関取の部屋になっているのだろう。裏側がどうなっているかは分からないが、印象として、俺が知っている一番でかい家、水田の家よりも更にでかそうだ。相撲の聖地、両国は東京の東側だからこの街から近いし、電車のアクセスも良い。同じ距離だけ西に行った所よりもここの方が土地も安いだろう。見ている内に何と無く、千葉に相撲部屋があっても不思議では無い気がして来た。こんなでかい家を建てるのは、川向こうじゃなかなか難しいだろう。
 水田「糞。誰も出て来ねえな」
 俺「そうだな」
 佐藤「うん」
 ケーホー「そうだね」
 皆が思っていた事を水田が小声で言ったのを切っ掛けに、張り詰めた空気が少し弛んだ。目抜き通りから二本裏になったこの道は、店も無いから車通りも人通りも少ない。五メートル於きにチカン注意! の看板が立っていて、チカンをやるならこの道がベストって感じの通りだ。
 息を殺して、じっと待つ。
 ハイヒールの音がして眼球を動かすと、茶髪のOLが歩いて来た。だらしない歩き方。短めのスカート。会社で何か嫌な事でもあったのか、俺達の前を通り過ぎる瞬間に、どでかい溜息を吐いた。鼻の横に黒子がある。ムチムチの尻が左右に揺れながら去って行くのを、俺達は目だけで追った。
「何か痴漢したくなって来たな」
 水田がそう言って煙草を喫い出すと、連鎖反応的に皆が一服し始め、ライターの着火音が宵闇に響いた。

 何も起こらない。誰も通らない。帰りたいけど、帰れない。
「腹減ったなあ」俺が呟くと。
「俺も」「俺も」「そう言えば今日パン一個しか食ってないや」
 と思わぬ反響があった。こう言う時、次の展開は決まっている。皆がケーホーを見た。
「おいっ、何か買って来てくれよ」
「うん、いいけど」
 水田の命令でパシリはコンビニに走った。
 九時四十分。

 二十分後。ケーホーの買って来た菓子パンを食っていると、不意に一階と二階の灯りが消えた。
「あ、電気消えた」一番に気付いた俺が囁く。
「ほんとだ」口の中のパンを飲み込み、佐藤が言う。
「このまま誰も出て来なかったりして」ケーホーが失言して、水田に思いっきり頭を引っ叩かれた。気持ち良い程の快音が、静寂に響く。
「うるせえ。余計な事言うんじゃねえよ」
「だって相撲取りはすぐ寝るって言うじゃん」
「何言ってんだ、まだ十時だぞ。寝るわけねえだろ」
作品名:相撲番長 作家名:新宿鮭