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相撲番長

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 水田からも佐藤からも連絡が無かった。俺は貴重な夏休みを二週間も無駄にしてしまった。ケーホーの情報によると、水田はやはり鼓膜が破けていたらしい。きっと今年の夏、あいつは海で泳げないだろう。佐藤は家に引き蘢り、たまに外出する時にはでかいサングラスをかけてマスクまでしているらしい。俺には二人の気持ちが、痛い程良く分かった。顔の形が変わるまで酷くやられると、外に出るのが恥ずかしくて、知り合いに会うのが怖くなる。家に引き蘢っていても、みんなが自分の噂をしている様子を想像してしまう。俺にはそれが、良く分かる。経験者だから。
 そして、これもケーホーからの情報だが、俺達をやった奴らは二人共、俺達と同じ中学三年で、小学生の頃から田舎の相撲大会で注目されていた相撲界では有名なデブらしい。その将来有望な大物新人二人を、他の部屋との激しい争奪戦を経て獲得したのが、五所ノ関部屋だ。夏休みの間取り敢えず体験入門として部屋に住ませ、来年の春、卒業と同時に正式な新弟子として入門させるらしい。その五所ノ関部屋は、俺達が小学生の頃に「もう駄目っ。下半身の限界っ」と言う迷台詞を残して引退した元大関が、元々所属していた部屋を分家独立して作った部屋で、元芸能人の美人おかみさんの人脈と金脈で、派手に新弟子を集めまくっているらしい。あの二人以外にも、高校生くらいの年の奴らがまだあそこにはごろごろいるらしく、その中であいつらは一番下っ端のサンドバッグ役だっていう話だ。
 あいつらが下っ端?
 て事はもし二人に勝ってもまだまだまだまだ上が出て来る?
 そんな奴らと喧嘩したってきりがないだろ?
 負けて当たり前なんだからもういいんじゃん?
 一人で家に居ると、ついそんな気持ちになる。他のみんなはいったい、どう思っているんだろう。連絡を取ろうとして携帯を弄るけど、自分だけ体力的に元気な事と、自分の揉め事に親友を巻き込んでしまった事が罪悪感になって、どうしても発信ボタンが押せない。
 しかしなんで千葉に?
 ケーホーの話では、江戸川よりこっちに相撲部屋が出来るのはこれが初めてでは無く、五所ノ関部屋が越して来る前から、既に四つもあったらしい。ふざけんなよ。そんなの知らねえよ。ディズニーランドならこっちに建っても良いけど相撲部屋なんか勝手に建てんじゃねえよ。
 千葉のこんな所に相撲部屋が出来てるなんていったい誰が思う? 誰も思わねえよそんな事。最初から相撲取りだと分かってたら、殴んないでデブデブデブってからかって、もし追っ掛けて来たらダッシュで逃げて、後でみんなで腹抱えて笑って終わりだったよ。
 気が滅入る。
 俺はベッドにダイブして、大の字になった。何時もの癖で、何となくちんちんを弄る。ひさびさにオナニーでもするか。そう思ってズボンを下ろした所で気が付いた。部屋に蚊が居る。
 確か居間に殺虫剤があったな。思い出して部屋を出るついでに、外に煙草を買いに行く事にした。昨日の夜、最後の一本を喫ってから、買いに出るのが面倒でずっと我慢していた。思えばここ二日間、一歩も外に出ていない。いい機会だ。ちょっと外の空気でも吸っとくか。お気に入りのアディダスを久しぶりに履いてドアを開けると、サングラスにマスク姿の佐藤が立っていて、俺は心臓が止まりそうになった。
「うわっ、何だよ佐藤かよびっくりした。来んなら電話しろよ」
「悪りい。こないだのあれで携帯ぶっ壊れちゃってデータ全部消えちゃったからさあ、買い替えたんだけど向こうからかかって来ないとこっちから番号分かんないんだよ」
「じゃあかけてきた奴に俺の番号聞けばいいじゃん」
「それが誰からもかかって来ねえんだよ」
 サングラスとマスクで顔が殆ど覆われていても、佐藤が落ち込んでいるのが分かった。
 この街は小さ過ぎる。あっという間に噂が広まっているのだ。みんなが気を遣って電話して来ない。誰も見ていないようで、誰かが見ていた。新学期が始まるのが怖くなって来た。そう言えば俺も、ケーホーとしか電話していない。
「そっか。水田とも会ってないの?」
「うん。だからお前ん家から一緒に電話しようと思って」
「いいけど、まあ入れよ。煙草ある?」
「ある」
「じゃあちょっとくれよ。ちょうど切らしてて今買いに行こうとしてたとこだから」
 それから俺達は一本ずつメンソールの細い煙草を喫ってから、水田に電話をした。意外にも奴は割と元気で、丁度話したい事があると言う。電話では話せないというその話を聞きに、これから水田のプレハブに集まる事になった。腕に止まった蚊を叩いたら、虫の腹から俺の血が弾け出た。

 プレハブのドアを開けると、立て掛けてあった金属バットが倒れて派手な音が鳴った。
「おう」と水田が顔を上げる。顔の腫れは大分引いているが、耳に掛かるように頭に巻いた包帯が痛々しい。美術の教科書に載っていた、耳を切ったゴッホの自画像みたいな巻き方。電気を消した部屋の中は薄暗く、俺はちょっとだけぞっとした。水田の目が、完全に据わっている。こいつイっちゃってるかも。ベッドの上で胡座をかき、上目遣いでこっちを見る水田には、気違いのオーラがあった。何をやらかすか分からない奴のオーラ。黒澤は持っていて俺は持っていないオーラ。
「あの後さあ」俺達がまだ座りもしていない内に、水田が話し始める。「黒澤さんに金払ってあいつら半殺しにしてやろうとしたんだよ。どうなったと思う?」
「え?」流石に金持ちは違う。俺は水田の行動力に少し感心した。いいアイディアだ。どっちが負けても、悪い話じゃない。
「分かんない。どっちが勝った?」
 暫く俺の質問に答えず、水田は不機嫌そうな顔で鼻の下を擦った。
「どっちも無えよ」
「え? どっちも無えってどういうこと?」
 ラス一の煙草に火を点け空き箱を握り潰し、恐ろしく長く細い溜息を煙と一緒に吐いた後、水田が重い口を開いた。
「あいつらよお、金だけ取って何もやんなかったんだよ。やったって言うから相撲部屋に様子見に行ったらさあ、あいつら普通にチョンマゲと相撲取ってたよ。頭来ねえ? 許せねえよ黒澤さん」
 黒澤隆光。あいつのやりそうな事だと思った。胃袋の辺りが嫌な感じになって行く。
「幾ら払った?」
「五万」
「文句言ったか?」
「言ったら後十万持って来いって」
「最悪」
 五万円もあれば、何でも食えるし何でも買える。おふくろは人の便所を掃除して丸一日働いても一万円ちょっとにしかならないと言っていた。そんな金を受け取りながら、何もしなかった黒澤隆光。許せない。何時か殺す。
「それで思ったんだけどさあ」水田は少し顎を上げ、プレハブの玄関に目を遣った。使い込んだ金属バットが四本、バラバラに転がって鈍く光っている。「あれで相撲部屋襲撃しようぜ。俺もう我慢出来ねえ。噂んなってるみたいだし格好悪くて女にも電話出来ねえよこのまんまじゃあクッソオ」そう言って煙草の空き箱をゴミ箱に投げ付けた。全力投球で。空き箱はゴールを大きく逸れ、壁に跳ね返って佐藤の背中に当たった。
 佐藤の方をちらりと見ると、サングラス越しでも顔が引き攣っているのが分かる。
「お前等ビビって行かねえっつうんだったら俺一人でも行くからな」
「誰がビビってんだよ」
作品名:相撲番長 作家名:新宿鮭