ふたりの言葉が届く距離
「理奈、元気そうだった?」
フォークとナイフを優雅に操りながら白井が問う。
「元気だよ。いろいろと大変みたいだけどな」
食卓の前に座り直しながら俺が答える。
「会いに行くんだ?」
「ああ、週末に東京へ行く」
「ずっと会ってなかったんでしょ?」
「そうだな」
3月に理奈が東京に行ってから一度も顔を会わせていない。
もう、今は5月の中旬だった。
「もっと頻繁に会いに行ってあげればいいのに」
「あいつもプロとして初めての執筆作業だからな。俺が何度も行ったら邪魔になるだろ」
「分かってないわねえ。初めてづくしで不安だからこそ彼氏に会いたいんじゃないの」
「まあ、理奈に会ったら今後の予定も相談するよ」
「そうしなさい」
その後は、お互いの仕事の話とか、昔の思い出話とか、思いつくままの会話をしながら彼女と食事をした。
白井は楽しそうに笑っているが、俺はどうしても先程の離婚の話が頭から離れなかった。
傷ついていないわけがない。きっと、ずっと苦しんできたんだろう。
結婚式の日に「必ず幸せになる」と言った彼女の顔が忘れられない。
聞くべきか少し迷った後、俺は口を開く。
「なんで……別れたんだ?」
その言葉に彼女の動きが止まるが、すぐに笑みを取り戻す。
「そうだねえ……私が浮気したからかな?」
「浮気?」
「うん。私は夫以外の男と寝てたの。毎週のように」
一瞬、目の前の女に嫌悪感を覚えた。
「何か事情があるんだろ?」
「別に。私が淫蕩な女だったってことじゃない?」
「そんなわけない」
「阿部くん、あんまり女に幻想を抱かない方がいいと思うよ?」
「俺はお前の話をしているんだ」
次の瞬間、彼女が声を立てて笑う。
「やっぱり君は期待通りの反応をしてくれるね。あの頃と変わらない」
「…………」
その笑顔の裏にある心を探ろうとしたが、彼女はそれを許さなかった。
作品名:ふたりの言葉が届く距離 作家名:大橋零人