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ふたりの言葉が届く距離

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 立ち上がった俺が鞄から取り出して開いて見ると、そこに表示されていたのは理奈の名前。白井の顔を一瞥した後、通話ボタンを押す。

『和樹、もうウチに帰ってる?』
 少し元気がないように感じる彼女の声。
「ああ、帰ってるよ。理奈も仕事は終わり?」
『うん。今日は打ち合わせをしてたから』
「また散々に言われちゃったのか?」
『…………』
 冗談めいた口調で言ってみたが失敗したようだ。
「新人作家ならいろいろ注文言われて当然だよ。それだけ期待されているということだと思う」
『どうかな……』
 また沈黙があったが、理奈の言葉を待つ。

『週末……会いに来てくれるんだよね』
「そうだよ。昨日メールで送った通り、週末にそちらへ行けるように調整してる。もしかして都合悪くなった?」
『ううん、大丈夫。和樹の方こそ大丈夫なの?』
「大丈夫だよ。今週末はどうしても外せない用事があるって他の先生にも伝えてあるから」
『うん……』
 彼女の不安はまだ消えていない。

「理奈……」
 俺は白井の視線に背を向けて、少し小さな声で、でも力を込めて伝える。
「必ず行く。会いたいんだ」
『……うん。わたしも会いたい』
「そっちに行ったら、アレ作ってくれよ」
『アレって……もしかしてアレ?』
 理奈の声が柔らかくなる。
 それは、料理があまり得意でない彼女の十八番で、学生時代に初めて作ってくれた手料理で、俺がこの世で一番好きな食べ物。
『わたしだってもっと凝ったもの作れるようになってるよ』
「それも作ってよ。でも、アレは必須だ」
 彼女が俺の言葉に笑う。
『分かった。すごく美味しいの作ってあげる』
「楽しみにしてるよ」
『うん、待ってる』

 受話器越しでは理奈を抱き締めることが出来ない。それがもどかしい。
 一瞬、白井のことを伝えようか迷ったが、そのまま おやすみの挨拶をして電話を切った。