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ふたりの言葉が届く距離

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 少し頼りない足取りでアパートに辿り着き、郵便受けに無理やり突っ込まれた大型の茶封筒を引き抜いて、ドアを開くと暗く静まり返った部屋が俺を迎える。

 もし、あの時、彼女の想いを受け止めていたら、この部屋には明かりが灯っていたのだろうか。
「おかえりなさい」という、やわらかな笑顔があったのだろうか。

 冷えた麦茶で酔いを醒ましながら、一ヶ月ほど前の残像を脳裏に映し出す。
 

 結局、俺は白井を抱くことが出来なかった。
  
 全てを曝け出して俺を求めた彼女の前からドアの外へと逃げ出したんだ。
 部屋に戻ったのは日付が変わった頃。
 誰もいない自室を眺めながら、俺は確かに安堵していた。

 彼女の想いと尊厳をズタズタにして。


 二杯目の麦茶を飲み終わると、テーブルの上に置いた大きな茶封筒を再び手に取り、裏に差出人の名前が無いことを確認してから開封する。

 入っていたのは発売されて間もない文芸雑誌。そこには俺の知っている作家の短編小説が載っていた。
 
 ヒロインが“最愛の人”と出会って別れるまでの物語。
 それでも変わることのない真実の想いが描かれている。

 だけど、これは小説だ。
 心の中の真実なんて、本人にだって分かるわけがないんだ。
 それでも、書かれている文字が彼女の声に乗って俺の中で響いている。
 雑誌を閉じても、それが消えることはない。
 
 封筒には雑誌の他に一枚の便箋が入っていた。


『理奈の小説に初めて素直に感動できた』


 たった一行、それだけが書いてあった。