ふたりの言葉が届く距離
久し振りに同僚と飲みに行った俺は、夜風を感じながらゆっくりと歩いていた。
この高揚感はアルコールだけのものではないだろう。
生徒から「尊敬している」と言われたことによって受けた感動と重圧。それはきっと誰とも共有できない感覚だ。
それでも、伝えたい人はいた。
「良かったね」と言って貰いたい人は確かにいた。
右手の窪地に見える夜の公園。
俺の記憶の中にある其処は満開の桜で取り囲まれていた。
「私と、どっちが綺麗?」
そんな問いがあった。
「綺麗と言えば、花なんじゃないかな」
そんな答えがあった。
なぜ、そんな言葉を口にしてしまったのか。たぶん適切な答えではなかった。
ただ、「お前の方が綺麗だよ」という言葉は軽過ぎて、彼女に届いた頃には嘘になっているだろうと感じたんだ。
「綺麗だ」と「愛している」は違う。そう思ったんだ。
立ち止まった俺は、あの時の青空を思い出す。
少し不服そうな顔をしていた彼女を抱き締めると、安心したような微笑みを見せて俺の胸に顔を埋め、二人で体温を分け合った。
鮮明に蘇ってくる細い肩の感触と胸の鼓動。
こみ上げてくる想いを心の中で呟く。
(愛してた)
その言葉は半分だけが本当だった。
作品名:ふたりの言葉が届く距離 作家名:大橋零人