ふたりの言葉が届く距離
最終章
職員室の隅で恒例の長い説教を受けた後、自分の席に座って息を吐く。
三宅先生が小声で「ごくろうさまでした」と言って笑い、俺も苦笑で応えた。
どうも俺は今年新しく就任した教務主任の目の敵にされているらしい。
学校で起こった問題が全ての俺の責任であるかのようにいつも集中的に責められている。
ここではそんなに明確な派閥などは無いと思うが、人間関係の軋轢は当然のごとく存在している。基本的に俺はどの先生ともそれなりの友好関係を築けるポジションにいるようにしているけど、あの人とは上手くいかなかった。
気を取り直して次の授業の準備をしていると、担当クラスの女子生徒がプリントの束を持ってきた。
「アンケート用紙を全員分回収しました」
「ありがとう」
彼女は自分の学生時代から教師時代までの経験から見ても非常に優秀な学級委員だった。
グイグイとクラスメイトを引っ張っていくタイプではないけど、迅速で的確で真面目で、何よりも強い責任感がある。
松木が予想よりも早く教室登校を続けられるようになったのも、彼女がしっかりとクラスをまとめていてくれるからだと思う。
「寺崎は将来の夢とかあるのか?」
礼をして帰ろうとした彼女に声をかける。
「学校の先生になりたいと思っています」
彼女は俺の目を真っすぐに見つめながら迷いなく答えた。
少し驚いたが、確かに中学時代の俺と比べたら、この子の方がずっと適性がありそうだ。
教師になりたいと言ってくれる子供がいることは、なんとなく嬉しい。
「昔から教師に憧れてたの?」
「いいえ、なりたいと思ったのは最近です」
「へえ、なんで?」
「阿部先生を尊敬しているからです」
真面目な表情を崩さずに発せられた言葉。
何の反応も出来ない俺に、彼女は再びお辞儀をして職員室を出て行く。
その姿が見えなくなっても、俺の手の震えは止まらなかった。
作品名:ふたりの言葉が届く距離 作家名:大橋零人