ふたりの言葉が届く距離
土曜の夜。
俺は自宅で作業をしながら携帯が鳴るのを待っていた。
理奈と電話してから、もう一週間以上が経つ。
今日は顧問をしているサッカー部の活動も休みだったので、行こうと思えば東京に行くことだって出来たんだ。
暗い空をカーテンで隠しながら、少し後悔をしていた。
今からだって電話をすることなら可能だ。
電話が嫌ならメールだってある。以前なら毎日のように送っていた。
でも、出来ない。
『少し考えさせて』と言った理奈の言葉が呪縛となって俺の自由を奪っていた。
机の上に置いてある写真を見る。
ショートカットと言うには少し長くてボリュームがあるブラウンヘア。
その繊細な柔らかさを俺は知っている。笑顔が少しぎこちないのは、写真を撮られるのが苦手だからだ。
しかし、今の彼女がどんな髪型で、どんな表情をしているのか。
それを知らないという事実に気づいてしまった。
携帯が鳴り響いたのは夕食が終わろうとする頃。
発信者を確信して通話ボタンを押す。
相手は担当クラスの生徒の母親だった。
この時間になっても息子が帰宅せず、携帯も繋がらないらしい。
「分かりました。私の方でも捜してみます」
そう告げて電話を切った。
まだ10時前だから特に心配はないとは思うが、母親の方がかなり興奮状態なのですぐに準備をして家を出る。
結局、予想通り大きな問題は無かった。
俺が駅前周辺を捜した後で連絡してみると、その生徒はとっくに帰宅していた。
友達と遊んでいて帰るのが遅くなったらしい。携帯はバッテリーの充電切れだった。
またシャワーを浴びたいと思いながら家路を急ぐ。
頭上にある夜空を見上げ、彼方に想いを馳せる。
それに応えるかのように、待ち望んでいた呼び出し音がついに鳴った。
作品名:ふたりの言葉が届く距離 作家名:大橋零人