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ふたりの言葉が届く距離

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 第5章



 モーニングコーヒーから立ち上る湯気を見つめながら、俺は昨日の理奈の言葉を思い出していた。

 なぜ、彼女はプロポーズの言葉を受け入れてくれなかったのか?

 はっきりと拒絶されたわけじゃない。「考えさせて」という言葉をポジティブに受け取ることは可能だ。
 しかし、それは俺の予想していた反応とは違っていた。
 理奈は俺の求婚を待っていると、心のどこかで自惚れていた。

 今すぐ結婚して一緒に暮らすのは、あまり現実的ではないのだろう。
 新人作家として上京したばかりの理奈をこちらへ戻すのは難しいし、俺が今の学校から東京へと異動するのも簡単な話ではない。

 でも、そんなことは後で考えればいいと思ってしまった。
 これからもずっと心は離れないと確認したかった。夫婦としてずっと一緒に生きていくと誓い合えれば良かったんだ。

 彼女が求めていたのは、こういう繋がりではないのかも知れない。
 結婚という契約が必ずしもお互いの絆を強めることにならないのは俺も知っている。

 理奈の両親は、彼女が成人した年から別々に暮らすようになっていた。
 父親と母親が微笑み合っていた記憶が無いと、彼女は言っていた。
 詳しい話は聞いていないが、両親とも外に仕事を持っていて、家族が揃って食事をすることも少なかったらしい。
 文学に対する理奈の執着は、そんな環境によって生み出されたものなのかも知れない。