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ふたりの言葉が届く距離

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 部屋に戻った俺は携帯を手に取る。

 白井の言う通り、俺は藤宮という男に良い印象を持っていなかった。
 理奈の作品に対するあの男の執着は、まるで理奈自身に対するものであるかのように感じられたから。
 理奈の担当が藤宮ではないと聞いた時は内心ホッとしていた。

 もちろん、理奈が浮気するなんていうことは全然考えていない。
 俺達の心はいつでも繋がっている。そう信じている。
 しかし、彼女があの男を頼っているという事実は正直言って不快だった。

 あの日の冷たい響きの声が思い出される。
 
 いや、理奈は俺を必要としているんだ。
 彼女が俺からの電話を待っているのなら、なにも恐れることなんてない。

 先程の白井の言葉を頭の中で再生しながら通話ボタンを押す。
 数コールが信じられない程に長かった。

『和樹?』
「理奈……今、大丈夫かな?」
『うん……』
 少し沈んだような声に不安を感じながらも、俺は静かに言葉を続ける。
「最近は連絡しなくて悪かった。仕事はまだ忙しいの?」
『ううん……ごめんね』
「なんで謝るんだよ?」
『わたし、ワガママだよね』
「そんなことないよ。それに、少しくらいワガママの方が理奈らしくて好きだ」
『わたしも好き……和樹の全部が好きなの』

 震えるような声で伝えられた彼女の想い。
 これまで俺達は何度「好き」だと囁き合っただろう。「愛している」と抱き締め合っただろう。

 それでも、今、俺達は遠く離れた場所に立っている。

 お互いの近況を話しながら、しだいに明るくなっていく理奈の声を聞きながら、そのことを実感する。


「結婚しよう」


 気がついたら、俺はそんな言葉を口にしていた。