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ふたりの言葉が届く距離

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 少しの間、白井は無言で俺を見据えていた。

「藤宮さんて……覚えてる?」
「ああ、編集社の人間だろ」
「そう。阿部くんの印象はあんまり良くないだろうけど」
「べつに……そんなことはない」

 藤宮は賞を獲得した理奈の作品を絶賛して、プロとしての道を開いてくれた男だ。
 たぶん、その作品が賞を獲れたのも、彼の影響が大きかったのではないかと思う。
 理奈にとっては恩人であり、俺も感謝しなくてはいけない相手だった。

「理奈は藤宮さんを頼っているみたい」
「なんで……? あの人は理奈の担当じゃないだろ?」
「だから、他に頼る人がいないのよ。そんな時に優しくされれば、誰でも心を許してしまうわ」
「…………」
「大丈夫、あのコは君からの連絡を待っているんだから。でも、モタモタしてると本当に遠くへ行っちゃうよ」
「……分かった」

 俺の返事を確認した彼女が立ち上がり、バッグの中をゴソゴソと漁って包装された箱を取り出す。
「はい、お土産。浅草の雷おこしだよ。買ったのは東京駅だけど」
 それを受け取った俺が「ありがとう」と礼を言うと、彼女は「どういたしまして」と微笑んで玄関へと向かった。


「じゃあ、またね」
 階段を下りた白井がヒラヒラと手を振る。
「駅まで送るよ」
「そんな暇があるなら、さっさと理奈に電話しなさい」
 そう言って、大きなバッグを持ちながら、彼女は薄暗い路地を歩いていく。

 いつも颯爽としたイメージだった後ろ姿が少し頼りなげに見えた。