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ふたりの言葉が届く距離

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「阿部さんはなんで教員になったんですか?」
 川岸先生の話が一段落すると、三宅先生が俺に話を振ってきた。
「そんなに深い意味は無いよ。なんとなく合っていると思ったからかな」

 彼にはそう言ったが、本当は原因がある。

 中学時代の三者面談。
 俺が幼い頃に男と蒸発した母親の代わりに父親が仕事を休んで出席し、俺は将来に対する明確なビジョンが無いことを当たり障りのない言葉で伝えていた。
 教師に対して何の期待もしていなかったから、無難な言葉を並び立てて話を終わらせるつもりだった。
 それに対して担任教師も無難な答えを繰り返していたのが、俺達が席を立とうとした時、ポツリと呟いた。

「私は、教師になった君の姿を見てみたいな」

 どういう意図があって言ったのかは分からない。
 それまで教師という仕事に興味を感じたことなど一度もなかった。
 放任主義という名目で生徒との接触を極力避けている印象があった担任が、俺の秘められた可能性を見抜いたなんて考えられなかった。
 全く無責任な思いつきだったのだろうと思う。

 しかし、高校に入っても進路を決められなかった俺は、いつの間にか教師を目指すようになっていた。
 その判断が失敗に終わったとしても、あの担任に責任を押し付けられる。そんな気持ちがあったのかも知れない。


 大学時代、俺が教員免許状を取得しようとしていたのは、そんな軽い理由。
 だから、理奈がプロの小説家を目指していることも軽く見ていたのかも知れない。
 やるだけやって、自分の努力に満足したら、プロへの道は諦めるのではないかと思っていた。
 趣味としての小説を楽しみながら、俺の妻としての人生を送ってくれることを勝手に予想していた。

 もしかしたら、俺は夢を手に入れた彼女に嫉妬しているのかも知れない。


 校内のチャイムの音で俺は頭を切り替え、次の授業に必要な資料を準備する。
 緊張感と集中力を高めなければ何十人もの子供達の前に立つことなど出来ない。
 
 今の俺は、もうプロの教師なんだ。