ふたりの言葉が届く距離
月曜の最初の仕事は、松木の万引きについての報告。
詳細を記したレポートを事前に作成しておいたから、覚悟していたより時間は掛からなかった。
松木圭吾の問題児としてのランクが上がっただけで話は終わった。
今後の家庭訪問でも本人に万引きの件は聞かないように母親から釘を刺されているので、もう俺に出来ることはない。
「阿部さんって、いつまで教員やってるつもりですか?」
上司がいなくなった職員室で、三宅先生が口を開く。
「……いつまでって?」
「オレは20代のうちに転職するつもりなんですよねえ。安定性はあるかも知れないけど、こんな仕事を一生やってくなんて考えられなくないっスか?」
「まあ、楽な仕事ではないね。適性もあるんだろうけど」
「子供達を相手にするのは好きなんですよ。あいつらバカだけど、オレもバカだから」
確かに三宅先生は生徒に友達感覚で接しているように思える時がある。同じ目線に立つことは有効なのかも知れないが、彼の真似をしようとは思えなかった。
「でも、親が最悪じゃないですか。オレ達には何の権限も認めないのに、子供の不始末は全部こっちのせいにして。本当なら親がオレ達に頭を下げるべきですよねッ」
「三宅先生、それは一部ですよ。大半の親御さんは、しっかりと責任を感じていらっしゃいます」
沈黙を守っていた川岸先生が急に会話に参加してきた。
二人のお子さんを持つ母親でもあるので、三宅先生の発言に黙っていられなくなったらしい。
「そうですかねえ」
「そうです。それに、そういった親御さんへの対応も私達の仕事ですよ。私は教師という仕事を最上のサービス業だと思っています。もちろん、生徒に対してへりくだった態度をするという意味ではありません。毅然とした態度で先生という役割を適切に演じて、子供達に最高の環境を提供するのが仕事です。だから、生徒や保護者の方への対応が難しいことにむしろやりがいを感じるんです」
「はあ……」
三宅先生のゲンナリした顔を見ながら数年前を思い出す。
この学校に来たばかりの頃は俺も川岸先生の説教を散々くらっていた。
こんな時、田島先生ならなんと言っただろうか。
職員室でこういう話をしているところを見たことは無かった。
二人で飲みにいった時だけ熱心に話してくれた。
「他の先生はまともに聞いてくれないんだよ」って笑ってた。
あの人がうつ病になっただなんて、今でも信じられない。
作品名:ふたりの言葉が届く距離 作家名:大橋零人