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ホロウ・ヒル (1)

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 年増とはいえ大事な店の商品がケガをし、なにより大事な金蔓のクリストフが何度も部屋から連れ出されていたという事を知った女将は、頭から湯気が出るような勢いで怒り狂った。シェルの腕を掴んで体を引きずるように部屋に連れてくると、外から鍵をかけ2人を中に閉じこめてしまった。
「いいかいシェル。こいつは、お前が想像つかないほどの素晴らしいお宝なんだ。今日は見逃してやるが、またこいつを部屋から連れ出したら承知しないからね」
 鍵を開けてもらおうと、シェルは急いでドアに飛びつき女将さんの名前を呼びながらドアを叩き続けた。
 しかし泣こうが叫こうが、なんの反応も示さない相手にシェルの意志は折れた。
 力尽きたシェルは、崩れ落ちるようにそのままうずくまった。

 そのまま動かないシェルの頭を、たどたどしく撫でる小さな手があった。
 顔を上げるとクリストフが側にいた。表情が乏しいながらも、頭を撫でてくれる仕草でシェルを心配しているのが十分伝わった。
「クリストフ」
 シェルはクリストフの小さな体を引き寄せ、か細い腕の中に抱きしめた。抱きしめてくれたのが嬉しいのか、クリストフは頬をすり寄せて笑った。
「ありがとう」
 クリストフの髪を撫でようとしたとき、ヘーゼルに踏まれてついた傷が割れ、血が滲んできた。そっと傷口に触れるとひりつき痛んだ。
「いたい?」
 ケガの痛みに同調したかのように、クリストフは感情が込められた言葉を発した。
 シェルが驚いて顔を上げると、クリストフが真剣な顔つきでもう一度シェルに聞いた。
「シェル、いたい?」
 普段の呆けた顔が引き締まり、大人びて見える。どこを見ているか良くわからなかった水色の眼差しが、今は力強くシェルを見つめる。
「……うん」
 強い力に流される様にシェルが頷く。クリストフは小さい手のひらを、シェルの傷口にそっと乗せた。
 始めに感じたのは、熱だった。それが段々熱くなる。皮膚が焼き切れそうなくらいの熱がシェルの傷を覆っていく。耐えきれないとシェルが思った時、傷を覆っていたクリストフの手が外された。
「……」
 シェルの手の傷は、最初から無かったかの様にキレイに治っていた。指先で押しても、痛みが感じられない。

 この子は『魔法使いだ』とシェルは思った。
 魔法使いなんてお伽話の中だけの存在だと信じていたが、いま目の前にいる子供がそうなのだと知ったシェルの胸は高鳴り、女将が言った言葉を理解した。
 確かにこの子は『お宝』だ。それもとびっきり高価な。
 クリストフは金目当ての親から買われてきたのでなく、この力の事を知ったウーゴに攫われたのだ。
 攫われてきたのだったら、部屋から出すなと言われた命令も頷ける。おそらく買い手が見つかるまで、この店に隠しておくつもりなのだろう。
「ひどい……」
 シェルはクリストフの髪を撫でた。
 嬉しそうに目を細める子供の表情を見て、クリストフのお母さんもこんな風に髪を撫でたのかと思うと、シェルは切なくなった。
 クリストフがいなくなって、どんなに辛く寂しく思っているのだろう。探しているのだろうか、それとも死んだと思い諦めたのだろうか。
 知らせるにしても、クリストフがどこから攫われてきたのか判らない。
「ねえ、クリストフはどこから来たの?生まれた場所は?お父さんとお母さんの名前は?」
 やはり質問の意味がわからないのか、クリストフはぼんやりとした顔でシェルを見つめている。
「だめか……」
 ひょっとしたら、クリストフは自分が攫われてきた事にも気付いていないのかもしれないと思った時、シェルの周りの景色が急に変わった。


 人の手が入っていない深い森の奥。その先にぽっかりと穴が開いたように、開いた場所があった。柔らかい緑の苔に覆われたその場所には、巨大な石で組まれた祭壇があった。
 その祭壇の下をくぐると、光に覆われた場所に出た。
 光がまぶしくて、目を開けているのが億劫になる。それでもその先を見つめると、一人の女性が立っていた。
 腰まで伸びる美しい銀色の髪、淡い水色の瞳。目尻に小さいほくろ。白い顔に赤い唇。額には草花で編まれた冠があり、ほっそりとした肢体は風で織られたような薄くて軽い白いドレスを着ている。
 この女性がクリストフの母親だと、シェルは直感した。

 クリストフの母親は、シェルが目の前に立っているかのように真っ直ぐに見つめ、耳に聞こえない声でひとつの言葉を伝えた。
『ホウロウ・ヒル』


 光が段々と強くなり、目が完全に開けられなくなった。両手で目を覆い、闇を作り出す。
 部屋の景色が元通りになったとき、シェルは両手をそっと外した。見慣れた景色にほっとしていると、側に立っていた筈のクリストフが床に倒れているのに気付いた。
 あわてて身を起こすと、顔が赤く呼吸も浅いようだった。急いで幼い体をベットに寝かせると、ドアを叩き外に助けを求めた。


作品名:ホロウ・ヒル (1) 作家名:asimoto