ホロウ・ヒル (1)
魔法使いの子供
クリストフは男の子だった。
そのことを知ったのは、風呂に入れるために服を脱がした時だった。それまで女の子だと信じていたシェルのショックは大きかった。
「信じられない。こんなにキレイなのに」
そう呟くシェルの心中を判っているのかいないのか、クリストフはにこっと笑った。
その笑顔は、男の指に噛みついて放さなかったあの恐ろしい姿を想像できないほど、無垢で美しかった。
最初は用心棒のように噛みつかれないかと、ビクビクしながらクリストフの世話をしていたのだが、目を合わすたび微笑むその笑顔に、シェルの警戒心は薄れいった。
「クリストフ、あなたはどこから来たの?」
「お母さんはとお父さんはいるの?」
時々シェルは色々な疑問を投げかけるが、クリストフは質問の意味がわからないのか只にこにこと笑っているだけだ。
それにあまり喋らない。自分から話し出す言葉も限られていて、「眠い」「水」「お腹がすいた」しか言わない。シェルと目が合えば笑いかけるが、いつもぼんやりとしていて、放っておけば一日中窓の外か部屋の床を眺めている。
退屈かと思い内緒で外に連れ出したも、やはりぼんやりと風で揺れる洗濯物や敷地の角に咲いている花を見つめているだけで、遊ぼうとしなかった。
この頃のクリストフはシェルにとって、大人しくて手がかからないが厄介で得体の知れない存在だった。でもクリストフの世話をしている限り、一番やりたくない娼婦の仕事をしなくて良いので有り難かった。
大人しくて言うことを良く聞くクリストフだったが、シェルが何かしらの用事でクリストフの側から離れようとすると、赤ん坊のようにまとわりつくのが悩みだった。これではクリストフの世話はおろか、自分の用事もままならない。
そこで言いつけには逆らうが、シェルはクリストフを連れて歩く事にした。銀色の髪は布で隠し、顔には煤を塗った。これだけで店の下働きの子供に見える。
シェルはクリストフを変装させると、洗濯物を小脇に抱えた。
「クリストフ。私以外の人に話かけられたら、黙って頷くのよ?」
変装したクリストフを連れて洗濯場に行くと、仲間の下働きの少女達が賑やかにおしゃべりをしながら洗濯をしていた。その中にフィーの姿があった。
洗濯物を抱えてやってくるシェルを見つけたフィーは、お互いに手を振り声を掛け合う。
「シェル聞いたよ、旦那つきになったって?一等部屋の貸し切りなんて豪勢じゃない」
洗濯を始めたシェルに、ウキウキとした表情で仲間の一人が話しかけた。返事をする閑もなく、次々と仲間が話しかけ始めた。
「姐さん方の話じゃ、1年分の花代が払われたんだって」
「旦那ってどんな人?部屋にこもりっきりで、出てこないでしょ?」
「姐さんの中じゃ、シェルの出世を妬んでいるのもいるみたいだから、気をつけた方が良いよ?万年三等部屋のヘーゼル姐さんとか、キーキー騒いでいるみたいだし」
「ああ、ヘーゼル姐さんならいつもそうじゃない。お客のつきが悪いのも、自分の性格が悪いだけでしょ」
好奇心の固まりのような仲間のおしゃべりに、シェルは曖昧に頷くしかない。
『部屋に籠もりっきりの旦那』は、シェルの隣で石鹸の泡を一心に見つめている。
「ねえ、この子は?」
フィーがクリストフを指さす。クリストフに注意が集まり、シェルはあわてて顔が見えないように彼の顔を下に向けさせた。
「新しい子みたい」
「まだ小さいのね。名前は?」
顔をのぞき込み名前を聞くが、クリストフはシェルにいわれた通りにうんうん頷くだけなので、その風変わりな態度に何かを感じたのか、フィーはシェルにこっそりと耳打ちをした。
「なんだか、変わった子ね」
作品名:ホロウ・ヒル (1) 作家名:asimoto