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ホロウ・ヒル (1)

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 結局、朝の仕事をさぼる形になった2人は女将にしかられ、食事抜きの罰を与えられた。
 フィーは洗濯を命じられ、シェルはそのまま女将の部屋に連れて行かれた。
 女将はシェルの頭からつま先まで眺めると、うつむいているシェルの顎を掴み、強引に顔を上げさせた。
「口を開けな」
 顎を掴まれたまま、言われたとおり口を開ける。
 シェルの口内と喉をチェックした後、女将はようやく手を放した。
「今夜から、お前は姐さん方と同じ仕事をする。いいね」
「……」
 シェルは唇をかみ、手を力一杯握りしめた。そうでもしないと倒れてしまいそうになる。
「お前の新しい部屋は下男に言いつけてあるから、ちゃんと支度しておくんだよ」
「あの!」
 すがるような目で見上げるシェルを、女将は無言の威圧で黙らせる。シェルの気持ちなどお見通しなのだ。
「お前が何を考えているかわかっているよ。いいかい、逃げるじゃないよ。お前をそこまで育てるには、それ相応の金がかかっているんだ。しっかりと稼ぎな」
 それだけ言うと、早く出て行けとばかりに片手を振った。

 項垂れて廊下に出ると、店の表がなにやら騒がしい。
 時折、店の用心棒をしている男達の怒鳴り声が聞こえてくるので、花代を出し渋るお客がいるのかとシェルは思った。
 しかしその声は、だんだんと店の奥……シェルがいる所に近づいてきていた。
 店の表と裏を仕切る扉が乱暴に開かれ、白っぽい子供が駆け込んできた。シェルがいたのに気づき、子供は目を開いてその場に固まってしまった。

 美しい子供だ。白銀の髪はまっすぐに流れ、水色の瞳はぱっちりとシェルを見つめている。姐さん方が羨むような白い肌、柔らかそうな頬、細い首筋。
今はシェルの腰ぐらいの背丈しかないが、大きくなれば雪の女王のような美女になるだろうと容易に想像できる。
 新しく店に売られた子供が、ここに逃げて来たのだとシェルは気付いた。
「あなたも売られたの?」
 シェルは手を伸ばし、子供の頭をなでた。さらさらとした細い髪が、手のひらに気持ちよかった。子供は嬉しそうににっこりと笑うと、シェルの手を取りキスをした。
「え?」
 驚いて手を引っ込めようとしたが、子供はしっかりと手を握りしめて離そうとしない。
 どうして良いか判らす戸惑っていると、店の用心棒がばたばたとやってきた。
「見つけたぞ、さあ、いい加減言うことを聞くんだ」
 子供の二の腕を掴み引き寄せる。ところが、子供と一緒にシェルもついてきた。
「何をやってんだ。シェル」
 じろりと睨まれ、シェルはあわてて首を振った。
「違います、この子が放してくれないの」
「ああ?」
 用心棒がつないでいる手を無理矢理はずそうとしたとき、子供は鋭い叫び声をあげ、用心棒の指に噛みついた。
 噛みつかれた男は自分の指から子供を引き離そうとするが、子供はまるで犬のように指に食いつき放す気配がない。
「やめろ…くそ、指がちぎれる!やめろ!」
 やがて子供の口端から、赤い血がしたたり始めた。
 このままでは本当に指がなくなると思ったシェルは、子供の肩を掴み強く揺すった。
「口を離しなさい!」
 シェルがそう言うと、子供は大人しく口を開けた。指を噛みつかれていた用心棒は、急に話された反動で床に尻餅をついた。
「ちくしょう、指が動かねえ…折れちまった…」
 見ると、男の指はあり得ない方向に曲がっていた。子供がやったにしては、あまりにも残酷なやり口に、シェルの体が恐怖で震えた。
 つながれた手を振りほどこうとすると、子供はシェルを逃がさないように自分の腕を絡ませた。
「放して!」
 ヒステリックに叫び、絡みついた腕をはがそうとするが子供の力はどんどん強くなる。仕舞いには、シェルの腰にしがみついてしまった。
「ここにいたのか」
 聞いたことのある声にシェルは顔を上げた。そこには彼女が忘れたくとも忘れられない顔があった。

「ウーゴ…」
「ほう、久しぶりだな」
 地肌が見えるぐらい短くした髪と、色黒の面長な顔、目は細いながらもその奥は鋭く光っている。7年前と同じ黒い服とマントを着ていた。
「無事に大きくなったようだな」
「死んだ方がよかった?」
「どちらでもかまわん。おまえの運命だ」
「私の運命は、売られてから変わったわ!」
 両親を亡くしたシェルを、親戚の元に連れてってやると嘘をつき、娼館に売ったのはウーゴだった。そのとき金になると、大切な物まで奪われている。
 何度、殺してやると呪った事だろう。しかしこうして目の前に立たれると、どうして良いか判らない。
「は、は、は、実に面白い。あのまま放っておいた方が良かったというのか?飢えて、狼に喰われた方が良かったと?よく考えてみろ、ここは身分なんて関係ない。身よりの無いおまえが、身ひとつで喰って生きて行くには十分の場所だ。殺さず、わざわざここに連れて来てやったのに感謝してほしいね」
 ウーゴはシェルの腰に抱きついている子供の肩に手をかけ、引き離そうとするが、子供とは思えない力の強さに顔をしかめる。
「ふむ…」
 しばし考え、子供の顔をのぞき込む。
「クリストフ。この女が気に入ったのか?」
 ウーゴはじっと見上げている子供とシェルの顔を交互に見つめた。
「どうやら、こいつはお前が気に入ったらしい」
「え?」
「面白い、実に愉快だ」
 そういうと、ウーゴは声を上げて笑った。

 ウーゴと女将の間でどんな取引があったのか知らないが、シェルはクリストフの面倒を見ることになった。
 ウーゴは店の中で一番高い部屋を貸し切り、そこにクリストフを閉じこめた。部屋に出入りできるのはシェルだけである。
「良いかシェル。俺がいいと言うまで、こいつを部屋から出すんじゃないぞ」
 それだけ言うと、ウーゴは出かけたっきり帰ってこなかった。
 ウーゴがいなくなったので、シェルはいつ女将の気が変わり、シェルを娼妓として店に出させるかびくびくしていたが、何も言われないまま日々が過ぎていった。


作品名:ホロウ・ヒル (1) 作家名:asimoto