ホロウ・ヒル (1)
開店前にやってきた客は、女将にとって最悪な相手だった。
アベルと名乗った若い騎士が差し出された令状には、ロベリアを支配する貴族の封印。 そしてこの令状を持ち込んだ騎士のマントには、悪名高い侯爵の紋章が描かれていた。
女将は文字は読めなかったが、描いてある内容は禄でもないものだろうと考えた。
「あいにくだけど、無学でね字は読めないんだ」
そう言うと、手紙を差し出した騎士の片眉がバカにするように跳ね上がった。
「……それは失礼。では、私が読み上げますがよろしいですか?」
「勝手におし」
仰々しい手つきで封蝋された手紙を開封し、描かれた文章を読み上げ始めた。
「”子鹿亭 女将カーラー・ジア。貴殿が保護している例の子供を、速やかにディートリヒ侯爵配下騎士アベルに引き渡すよう要請する。なお、金10を礼金として差し渡す”……との事です」
テーブルの上を滑る様によこされた小箱を開けると、確かに金貨10枚が入っていた。
―― ディリートリヒ侯爵。
山師まがいの商人が貧乏貴族の爵位を買い取ってのし上がった一族だ。
策略を巡らして他の貴族の領土を奪い、財産を殖やしてきた。今では王族以上の財と武力があると噂されている。
ウーゴもよりによって、とんでもない相手と取引をしたものだ。巻き込まれる身にもなってほしいが、大人しく取引に応じればやっかい払いができるし、金も無事に手に入る。
この場にウーゴ本人がいないのが気にかかるが、火の粉がかからないうちに逃げ出すのが先決だ。誰だって命が惜しい。
女将は鈴を鳴らして下男を呼び出すと、クリストフを連れてくるように命じた。
「小僧を連れておいで」
作品名:ホロウ・ヒル (1) 作家名:asimoto