ホロウ・ヒル (1)
ふと、何かの気配を感じて目を開けた。
部屋の中は月明かりに照らされ、影が出来ていた。床に伸びる影を見つめながら、雨戸を閉め忘れたとぼんやり考えていると耳元に主のような羽音が聞こえてきた。
反射的に飛んできた虫を払うと「ギャ!」っと虫が叫んだ。
「え!?」
声が聞こえた方向を見てみると、背中に虫の羽が生えた人差し指ぐらいの大きさしかない生き物が、叩かれた場所をさすりながら空中を飛んでいた。そしていつからそこにいたのか、同じ姿をした生き物がクリストフの枕元に集まっている。
身をよじりあちこちを月明かりを頼りに見てみると、シェルの周りはもちろん、部屋のあちこちにも見知らぬ生き物がおり、お互いに聞き取り難い言葉でこそこそと話し合いながらベットの上のクリストフを見つめている。
多分あれも魔法使いと同じように、お伽噺にしか登場しない妖精と呼ばれるものに違いない。透き通る蜻蛉や蝶の羽を持ち、深緑や薄緑草色など様々な緑色の服を着ている。容姿はそれこそ様々で醜い姿の者や、これこそ妖精のように美しい者もいる。
初めてみる光景にシェルは目と口を大きく開けたまま、どうすればいいのか迷ってしまった。危害はないと思いたいが、安全かと聞かれればそうだととも言えない。
困り果てたシェルは、身じろぎすることも出来ぬまま、じっとしているしかなかった。
一方妖精の方は、シェルを置物ようにしか思っていないのか、見られている事をまったく気にもせず、お互い早口で何かを捲し立てている。
中には起きようとしないクリストフに焦れたのか、無理矢理目を開けさせようとする者まで出てきた。
さすがにそれはクリストフが可哀想なので、シェルは指先で妖精の手をそっと止めた。
「クリストフは病気なの。寝かせてあげて」
小さい子供に言い聞かせるように優しい声をそう言うと、なぜか妖精達は邪魔をしたシェルを敵だと思ったのか、彼女をちらちら見ながらキイキイと何かを叫び始めた。
その声はやがて険悪なムードを漂わせ始めた。向けられた敵意に戸惑っていると、開いていた窓から小さな金色の光が飛び込んできた。
光はシェルとの距離を詰めようとしていた妖精達を諫める様に、忙しく飛び続けた。
妖精は邪魔をするなと言わんばかりに、小さな拳を振り上げ甲高い声で光に文句を言い続けていたのだが、光に説き伏せられたのか、キイキイとうるさかった声が次第に小さくなり、あれほどたくさんいた妖精達は最初からいなかったかのように姿を消してしまった。
妖精と小さな光の間に、どんなやり取りがあったのかまったく判らなかったが、助けられたのは確かなのでシェルは小さな光にお礼を言った。
「ありがとう」
礼を言われたのがよほど驚いたのか、光はシェルから離れるように後ろに跳ねて遠ざかると、そのまま来たときと同じように窓から出ていってしまった。
別に仲良くなりたいとかそういう事はなかったのだが、小さな光の反応にシェルはひどくガッカリした気分で、窓の外の明るい月を見上げた。
作品名:ホロウ・ヒル (1) 作家名:asimoto