シゲの銛(もり)
「ほんとにあんたは強情なんだから」
母親は笑いながら食事を運んだ。
母親や伯母の説得もあって、一週間後、父親から進学の許可が出た。
「夏休みには船に乗れ。それが条件だ」
(くっそぅ。そうきたか)
シゲは内心舌打ちしたが、進学さえしてしまえばこっちのものだ、という考えもあって、父親の条件を受け入れた。
そして、夏休み。約束通り、シゲは船に乗ることになった。
日の出前からたたき起こされ、寝ぼけまなこで身支度をする。つきんぼ漁に出るのだ。
エンジン音が鳴り響き、船が走り出すと、たちまちシゲは目が覚めた。
空にはまだ星がまばらに出ている。ほの暗い海面を波をかき分けて進む船は、大きく縦に揺れる。あがるときはいいが、下がるときは下半身がぞくっとする。シゲが前を押さえて身震いすると、継男が笑った。
「どうした。タマがちぢんだか?」
シゲはあわてて首を横にふった。
「だ、だいじょうぶだよ」
大きな揺れがなくなって、単調な振動に変わってくると、シゲは気分が悪くなってきた。船酔いだ。青い顔をして、帆柱にもたれかかると、機関室から父親が顔を出した。
「何だ、シゲ。さっそく酔っぱらったか」
「だい……」
強がって、だいじょうぶだといおうとした瞬間、ぐっと込み上げてきた。あわててシゲは船べりにかけよって吐いた。
やがて、目の前が明るくなった。日の出だ。
どこまでも続く水平線のうえに、紫色の雲がかかっている。その雲を金色に縁取って、まるで海底から差し込んでくるように、光の帯が見え始めた。
同時に視界が広がった。当然、あたり一面海と空しか見えない。言いしれぬ不安がシゲを襲った。
船酔いで気分が悪いのと、見渡す限り海だけが続く、全く初めての世界。シゲは頭がくらくらして、その場にへたり込んだ。
「機関場にはいってねてろ!」
父親の叱責が飛んだ。
船底の機関室のわきに数人が横になれる空間があり、ふとんも置いてあった。しかし、ここはここで薄暗く、油の匂いに満ちている。シゲは頭が痛くなった。
(上の方がましだ)
はうようにはしごを登り、シゲは外に出て、じゃまにならないように船尾のほうにいき、船べりにもたれて座った。
しばらくすると、船の上があわただしくなった。見渡すと、今まで見えなかった他の船もこちらに向かって、集まってきている。
前方の上空に鳥の群が見えた。