シゲの銛(もり)
けれど、すばしっこいシゲは、逃げまどう彼らを次々と殴り、最後にアキをつかまえると、急所をいやというほどけりあげた。
「うひゃー、いてえよぉ」
アキは飛び上がって泣き叫んだ。
「ふん。ざまあみろ」
シゲは意気ようようと家に帰った。
そんなある日、シゲの一生を変える事件が起きた。
台風が近づいて海が荒れ、休漁になった日、シゲの兄は、青年団の仲間数人と船曳場を見回りに行った。
その時、防波堤の上で、必死で手をふっている釣り人の姿を見つけた。急いでそばに行くと、一人海に落ちたという。
みると、荒れる波の間にもがく人影がある。
「まってろ! 今いく」
タケシはそう叫ぶと、海に飛び込んだ。一瞬のできごとで、仲間が止めるすきもなかったという。結局、釣り人は助かったが、タケシは力つきてしまった。
「あんちゃん、あんちゃん!」
シゲは兄の遺体にすがって、いつまでも泣いていた。
喪が明けると、父は以前のように漁に出て行った。
しかし、船での作業も、これまで三人でやっていたことを二人でやらなければならないので、慣れるまでしばらくかかった。
家の中も火が消えたようになった。兄は明るい性格で、兄がいると笑いが絶えなかったのだ。そうでなくても、シゲは父親が苦手で、面と向かって話ができない。兄がそばにいると安心だった。
やがて、シゲは中学生になり、卒業間近に進路を考える時期になった。
当然、高校に進み、卒業したら鉄道員になると小さいときから決めていたので、そのことを母に相談した。
「まあ、あんたは海が苦手だから、漁師になれったってむりだろうから、しかたないね」
母親はそういったが、父は猛反対だった。
「中学を出たら、おまえは船に乗るんだ」
この時シゲは初めて父親にくってかかった。
「なんだよ。勉強して役所にでも勤めろっていったのは父ちゃんじゃないか。何を今さら反対するんだよ」
「タケシが死んで跡取りはおまえしかいないんだ。陸(おか)もんにはしないぞ」
「船なんか乗るもんか!」
シゲは外に飛び出すと、鳩小屋に入った。
「ちきしょう。ちきしょう。あんちゃんのバカ。なんで死んじまったんだよ」
やり場のない思いに大粒の涙がこぼれた。
シゲは父親に反抗して、鳩小屋のある物置に立てこもった。もちろん、それは父親が家にいる間のことだが。シゲはストライキを続けた。