シゲの銛(もり)
父は酒に酔うとそう言ったが、そもそもシゲが海をきらいになったのは、父親が原因だった。
シゲは肌が白いばかりでなく、弱いので、ちょっと日に焼けただけで水ぶくれができてしまう。だから泳ぐときにはシャツを一枚きていた。ところが、
「そんなの泳げばなおる」
と、父はシャツをはぎ取ると、むりやりシゲを海にたたきこんだ。そして一日中、炎天下の浜にいさせた。七さいのときだ。
そのため、シゲの背中は日やけをとおりこしてやけどになってしまったのだ。
それ以来、シゲは決して海に入ろうとしなくなり、母の手伝いで海に行くときも、必ず長そでのシャツを着て行くようになった。
麦わらぼうしをふかくかぶり、長そでのシャツを着てシゲは母のいる磯へ行った。
そして母が刈りとって、岩場の上で水気を切っておいたテングサをかごにつめると、シゲはそれを背負った。
「おーい。食パン。およがねえのか」
うしろから聞きおぼえのある声がした。ふりむかなくてもわかる。六年生でガキ大将のヤスだ。体格もよく、色の浅黒いヤスはシゲのことを「食パン」といってバカにするのだ。シゲは聞こえないふりをして歩き出した。
すると今度は、同級生のアキがからかい半分に言うのが聞こえた。
「シゲは海にはいるとキンタマがちぢみあがっちまうんだよな」
アキはヤスのこしぎんちゃくだ。アキのことばでまわりにいた数人の少年たちがどっと笑った。
「うるさい」
シゲは一言怒鳴って急ぎ足でその場を離れた。だが、見かけはひ弱でも、バカにされてだまっているシゲではない。きかん気は人一倍だった。
次の日、シゲは海に行くヤスたちを待ち伏せした。草むらにひそんでいたシゲは、ヤスたちが来ると飛び出してなぐりかかった。
「いてえな。シゲ。後ろからとはひきょうじゃないか」
頭を抱えながら、ヤスが言った。
「うるせえ。おまえらなんかに正々堂々とやれるか。かくごしろ」
シゲがかまえる天びんぼうをみて、アキが叫んだ。
「あ、それ、肥おけかつぐ……」
「きたねえ」
シゲが持ちだしたのは、母親が畑にこやしをまくために使う、肥おけをかつぐ天びんぼうだった。
「ふん。おまえらなんかぶんなぐるのはこれでたくさんだ」
肥かつぎの天びんぼうなどでなぐられてはかなわない。体の大きなヤスがにげだすと、子分の連中も走り出した。