シゲの銛(もり)
「継男あんちゃんも、一気にいけって言ってくれた。おれは覚悟を決めて!」
タケシは銛をつかんで構える仕草をすると、大きく腕を振った。
「次の瞬間、カジキが跳ね上がってな。失敗したかと思ったけど、しっかり銛が刺さっていた時はうれしかった」
兄は相好を崩した。
「あんちゃん、それ、もらっていいか」
シゲは急にそれがほしくなった。
「大事にするなら、な。今みたいにたたみの上に転がしてなんかおくなよ」
「うん、わかった」
海につき出したがけに咲いた岩戸ユリの花のオレンジ色が、真っ青な空に映える真夏。子供たちが磯で遊んでいるが、そのなかにシゲのすがたはない。シゲはたいがい家にいて、飼っている鳩といっしょにいた。
鳩は、無線機がまだなかった頃、たいせつな通信手段だった。漁師はかならず鳩をつれて船に乗り込み、緊急事態が発生した時はもちろん、通常の連絡に使っていた。
シゲは鳩が、というか、生き物が好きだったので、自ら世話役を引き受けていた。
友だちがいないわけではないけれど、シゲが泳がないので誰もさそいにこない。だから、というわけではないが、母親からテングサ刈りに、かつぎ手としてよくかり出された。
「シゲ、今日は昼過ぎにきておくれよ」
にぎりめしを作りながら、母親が言った。
「……うん」
シゲは露骨にいやな顔をする。
「まったく。そんなにいやかい?」
「だって、きらいだもん」
シゲは口をとがらせた。
「まだ根に持ってるのかい?」
シゲは答えず、母親から目をそらした。
「もういいかげんだいじょうぶだろう。ほらミナミのケンちゃんだっけ? 三年生くらいの時から、おやじさんの見よう見まねでもぐってさ。今じゃ、いっぱしの海士みたいだ。あんたと同じだってのに……」
「あいつは潜るのが好きなんだから。いっしょにすんなよ。おれは鉄道員になるんだ」
ふてくされて、ぼそぼそとシゲは言った。
「はいはい。これはあんたの分」
にぎりめしののった皿をはいちょうに入れながら、母は上の空で返事をした。
シゲは次男坊だから、必ず漁師になって後を継がなくてはいけない、ということはない。シゲの夢は鉄道員になることだ。
「おまえのようなひ弱なやつに機関士がつとまるか。いっしょうけんめい勉強して役所にでも勤めろ」