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せき あゆみ
せき あゆみ
novelistID. 105
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シゲの銛(もり)

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「継男あんちゃんも、一気にいけって言ってくれた。おれは覚悟を決めて!」
 タケシは銛をつかんで構える仕草をすると、大きく腕を振った。
「次の瞬間、カジキが跳ね上がってな。失敗したかと思ったけど、しっかり銛が刺さっていた時はうれしかった」
 兄は相好を崩した。
「あんちゃん、それ、もらっていいか」
 シゲは急にそれがほしくなった。
「大事にするなら、な。今みたいにたたみの上に転がしてなんかおくなよ」
「うん、わかった」

 海につき出したがけに咲いた岩戸ユリの花のオレンジ色が、真っ青な空に映える真夏。子供たちが磯で遊んでいるが、そのなかにシゲのすがたはない。シゲはたいがい家にいて、飼っている鳩といっしょにいた。
 鳩は、無線機がまだなかった頃、たいせつな通信手段だった。漁師はかならず鳩をつれて船に乗り込み、緊急事態が発生した時はもちろん、通常の連絡に使っていた。
 シゲは鳩が、というか、生き物が好きだったので、自ら世話役を引き受けていた。
 友だちがいないわけではないけれど、シゲが泳がないので誰もさそいにこない。だから、というわけではないが、母親からテングサ刈りに、かつぎ手としてよくかり出された。
「シゲ、今日は昼過ぎにきておくれよ」
 にぎりめしを作りながら、母親が言った。
「……うん」
 シゲは露骨にいやな顔をする。
「まったく。そんなにいやかい?」
「だって、きらいだもん」
 シゲは口をとがらせた。
「まだ根に持ってるのかい?」
 シゲは答えず、母親から目をそらした。
「もういいかげんだいじょうぶだろう。ほらミナミのケンちゃんだっけ? 三年生くらいの時から、おやじさんの見よう見まねでもぐってさ。今じゃ、いっぱしの海士みたいだ。あんたと同じだってのに……」
「あいつは潜るのが好きなんだから。いっしょにすんなよ。おれは鉄道員になるんだ」
 ふてくされて、ぼそぼそとシゲは言った。
「はいはい。これはあんたの分」
 にぎりめしののった皿をはいちょうに入れながら、母は上の空で返事をした。
 シゲは次男坊だから、必ず漁師になって後を継がなくてはいけない、ということはない。シゲの夢は鉄道員になることだ。
「おまえのようなひ弱なやつに機関士がつとまるか。いっしょうけんめい勉強して役所にでも勤めろ」
作品名:シゲの銛(もり) 作家名:せき あゆみ