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赤頭巾と狼

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 「少々ソロが散漫な気がするけど、まあ、いいんじゃないかしら。感情むき出しの直情型なやつなんかより、もっと洗練された理知的なやつをお願いしたいわ。今夜はそういう気分だわ。また明日聴けば今度は「良い」って言うのかもしれないけど、少なくとも今夜はそういう気分だわ。」

「なあに、もう一杯いけば何がどうなんだか分らなくなって「最高ね」って言ってるはずさ。」

 「そうね、あなた最高の頭してるわ。」

 「「クソ最高」の間違いだろ?」

 「あはは、やっぱり冴えてる。今夜はクソ最高ね。」



(どこか遠くの星で)
(どこか遠くの星で)



午後七時のニュースをお伝えします。また郊外です、郊外の森で肉片となった憐れな被害者が発見されました。なお、この遺体の一部は火で炙られ齧られた跡があるそうです。極悪非道な獣に裁きの鉄槌を下すためにも市民の皆さんの協力が必要です。たとえ少しの情報でも解決への糸口につながる可能性があります。捜査にご協力をお願いします。

 「はは、畜生。郊外、ってやつはこんなに店屋が無いって言うのか?かれこれ、一時間は探した。」
「本当に、森以外何もないわね。よくこんなところに店を構えようと思ったわね?」

 「はは、良く言われるんですよ。でも、趣味みたいなものだから、儲けなんていいんですよ。ははは。それより良くお似合いのお二人さん? 今日は特別に良い肉が入ってるんです。いかがかな?」

 「ええ、最高。焼き加減はレアでお願いしようかしら。」

 「そうだな、俺にも特別に最高なヤツを頼むぜ、オーナー?」

 「かしこまりました。腕によりをかけた最高に特別なヤツをお持ちいたしましょう。」

 そう言うとオーナーは厨房に戻っていった。一人でやっているらしく、店内には他の従業員らしき人は見当たらなかった。

 「ダン? そんなに店内を動き回ってどうするつもり? 探偵ごっこでも始めるつもり?」

 「はは、ひっそりと、森の奥でやってる店だ。しかも、最近事件の多い郊外で、だ。もしかしたら、あの店主はなかなか怪しい。」
「その、怪しい店主が犯人だって言うならあなたは今すぐゲームオーバーね。後ろをご覧?」

 「はは、お客さん? どうだい、私が犯人だ。このかわいそうな牛たちを調理した、ね?」

 「おお、これは失礼。悪ふざけが過ぎたようだ。気分を悪くしないでくれ。店の内装がとても興味深かったから、見て回ってたってだけさ。」

 「ははは、気にしてはいませんよ。料理だけじゃなく、店も見てもらえるなんて私は幸せ者だ。そして、今、その店の中での一番の見どころをその舌で堪能してもらえると私はもっと幸せだ。」

 「おお! これは、すごく美味そうだ!」

 「ごゆっくり、味わってくださいな。あの忌々しい事件のことなんか忘れて、ね。」

 
 今日と言う日を摘み取るのに、必要なものは何か? 少しの幸運と、多くの労力である。だとしたら、幸運とは一体何を指すのか? 美味しいディナーを頬張るのが幸運、その名なのだとしたら、その最中に、めまいで倒れることは一体何と呼んだらいいのだろうか。

 「ドアが開いてる……厨房か? あれは……」

 覗見するにはそれなりの覚悟が必要だ。そして、それに加えて少しの幸運があるならばなお良い。ベットするのよ、あなたの幸運の女神に。気まぐれを振ったら、あなたの勝ち。さあ、勝敗は、どちら?


 「……人の……足……?」


 残念賞、ってところね。正しくは、人の腕。残ったチップであなたの幸運にかけることを提案するわ。ご武運をお祈りします。それでは、ごきげんよう。

 

(死んだ花の魂が)
(闇の中に現れた)



 幸運の女神は浮気者、与えたものをすぐに返せという。それも、法外な利子つき。大抵の人には生きているうちにそれを返すあてはないの。死神に口利きだったらしてあげようかしら? きっと憐れんで負けてくれるわ。

 「……畜生、ここはどこだっていうんだ。クソッタレ! 何のにおいだ? 獣? 違う、もっと違う何かだ。クソ、天国じゃないことは確かだ。」

 「……はは、何を言っている? 俺にとってのここは、天国さ。」

 ナイフというものが何をするためのものか。そう、まさかそれで最新版のタイムズ紙をめくることに使うなんて誰も思わないもの。使い道はただひとつ単純に、切ること。

 「クソ! お前の言う天国は、世間の言葉じゃ地獄って言うんだ!」

 「はは! だとしたら、お前みたいなくろんぼの豚畜生には地獄がお似合いかもしれないけどな?」

怪物と闘う者は、その過程で自分自身も怪物になることがないよう、気をつけねばならない。深淵をのぞきこむとき、その深淵もこちらを見つめているのだ。

「人の味ってどんなものだか想像したことがあるか? あれは交通事故の被害者だった。誰かがはねたんだ。道に横たわっていた。見るととても、きれいな足をしていた。顔は潰れて見れたもんじゃなかったがな。ただ足だけはとてもきれいな状態を保っていた。そう、まるで俺に食ってくれと言わんばかりに、だ。食いたいと欲求に駆られた。そんな時にはいつだって理性なんてものがおっせっかいの役を買って出る。しかし、そんな時にはいつだって理性の鎖が欲望の行動を縛りつけることが出来たためしがないんだ。」

「それで、あんたは口にした。」

「はは、ご名答。豚畜生より知恵があるみたいだな。そうだ。俺は気づいたら、ふくらはぎに齧り付いていた。骨付き肉を頬ばるみたいに。まあ、味は比べ物にならないがな。酸いも甘いもそんな味か、獣の肉には絶対出せないような味をしている。はは、病みつきになるんだ。」

「……客を食ったのか?」

「ああ、そうだ。ここにいれば、肥えたやつがやってくる。それからは毎晩のように料理が運ばれてくるのを待ったね。三ツ星レストラン並みの美食さ。でナイフとフォークを抱えながら待ったね。はは、腹を空かせた狼? 失礼だな、狼は前掛けなんてつけないだろう。その点俺はテーブルマナーを心得ている。食事が終わったら口ぐらいナプキンで拭く、それぐらいの礼儀はある。」

店のロゴの入ったナプキンで口をぬぐって見せた。仕草だけは、紳士だと呼べそうだった。しかし顔つきはもう、その紳士が飼う犬以下のもの。

「俺の役は、どちらかと言うなら、狩人の方だ。狼に人間様の知恵はない。」

ナイフは男の意思の元で、足に突き刺さる。あとは、見慣れた、一般的なナイフの運動が行われる。切られる対象が、獣の肉か、人であるかの違いはあるだろうけれど。それは間違いなくナイフの自然な活動であった。


「畜生!! 狂ってやがる!! 畜生!!」

「はは! どうだ? その畜生みたいに切り刻まれる気持ちは? はははは!」



(助けを呼んでも誰も来ないそんなシーンばかりさいつも)



「あの女どんな味がするんだろうか? その前にまずお前だ。オードブルといこうか。調理法はどんなのが好みだ? グリルか? ローストも捨てがたい。いや、洒落こんでシチューとでもいこうか。」


(助けを呼んでも誰も来ないそんなシーンばかりさいつも)


 「……あんた、救われないぜ。」
作品名:赤頭巾と狼 作家名:田中恵