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赤頭巾と狼

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(#BGM 矢野絢子/闇の現 )


(イントロ)


夜七時のニュースをお伝えします。郊外の森から遺体が発見されました。警察は身元確認を急いでおります。繰り返します、郊外の森から遺体が発見されました。警察は身元確認を急いでおります……

「騒ぐのはマスコミか子供の仕事だ。やつらに騒がせておけばいい。だからこれ以上あんたが騒ぐのはよしてくれ。」

「くそったれ! 夜七時のニュースをお伝えします。金輪際姿を見せないでちょうだい!」

店内に平手打ちの音がこだまする。グラスの倒れる音がする。水がしたたる。

 「信じてくれ。」

 「信じる? あんたを? 悪魔の尻に口づけする方が簡単よ!」

 「恐れてるんだろ?」

 「恐れる? 私が? はは! 確かにあんたの愚鈍さはいい加減恐ろしいわ!」

 「このあばずれめ!」

 「は? 私はあんたの母親なんかじゃないわ。一緒にしないでくれる?」

 「くそったれ!」

 「ボウヤ、あばずれのボウヤ、ここは託児施設じゃないの。あまり幼稚な言葉遣いで騒がないでくれる? それがわかったらさっさと消えな!」

 席を立つ、椅子が大きな音を立てる。怒りに比例して、物音は大きくなるもの。

 「待ってくれ!」

 それを引き留める声も大きくなる。

 男が腕をつかもうと手をやる、つかみ損なって鞄をつかむ。溺れる者は藁をもつかむ。だが、つかむものを間違えてはいけない。

 「豚とヤってな!」

 平手打ちの音が響く。おめでとう。スマッシュヒット。花束を贈呈します。打たれたあなたにはこっち。

 「その薄汚い手を放しな!! お巡りさん!! この人ひったくりです!!」

 あらあら残念ね。素敵な手切れ金の味をご堪能あれ。

 「ド畜生め! おとなしくしろ! 言い訳を聞こう。なるべく面白いのを頼むぜ。」

 「誤解です! 彼女はガールフレンドなんです!!」

 「おお、鞄がガールフレンドとはまずまずだな! よし、来い! 痴話ゲンカはおしまいだ。今日からお前のガールフレンドは冷たい檻だ。仲良くやりな。」



(さっきから同じ歌ばっかり狂ってる)
(よく見えてるよ全てはっきり見てる)



 不幸がやってきた時には珍客のようにもてなせと言うが、誰が友好的な姿勢でそれを歓迎するのか。私はその者の名をまだ知らない。誰もが不幸を追い返そうと躍起になる。しかし、追いだすのに適切だろうと言う術も知らない。

「紛らわしいことはするもんじゃないぜ。じゃあな、また会おうぜ、できれば今度は教会でな。」

 「クソったれ! ちゃんと人の話を聞いてからしょっ引きやがれ! 公僕が!!」

罵詈雑言を浴びせられて、顔色を変えない人がいるのか? どうしても文句をつけたいのなら、蔭でひっそりと言うことをおすすめします。

 「黙れ! このくろんぼが! さっさと消えやがれ! 檻の代わりに、今度は墓場に入れてやろうか!」

 「クソッタレ!!」

 「せいぜいお前の幸福を祈ってやる! それに感謝したら、さっさと失せろ!!」

うふふ、お節介も過ぎれば、少しは危険だということが分かったんじゃないかしら。



(今、太陽が真上から少しずつ和らぎ傾いてゆくあの時間を)
(夕暮れを迎えるための厳かな準備を必要としている)



 
聖人だろうがパンを求める。それはキリストの肉。されど、池に映ったものまで求めるべきではない。きっと落としてしまうから。

 「クソっ!! 何が、お前の幸福を祈ってやる、だ! 真面目に祈っていたのか? まさかあいつ悪魔にでも祈っていたわけじゃないだろうな。だとしたら、悪魔の尻に口づけか。」

落したパンを拾う。千切って口に入れる。口の中で砂利が話しかけてくる。不幸の味はどうだ、と。

「かたくて食えたもんじゃない。」

されど幸運の女神はおおいにひいきをみたものを助ける。もし、彼女の気まぐれがその行い通りの名前なら、ご機嫌をうかがうのを忘れないことね。

「ちょっとそこのお兄さん? これ、もしかしてあなたの財布?」

大丈夫、彼女は出会い頭からあなたの頬に別れ際のクリティカルヒットをお見舞いしないわ。もちろん、今後の保証はしないけど。

「あ、ああ。そいつは相棒さ、スカスカで空っぽな野郎だけども、いなかったら困るんだ。はは、礼を言う。……これで捜索願いをあの忌々しい公僕のところに書きにいかなくてすむ。」

「何の話?」

「ああ、こっちの話だ。お礼に一杯の紅茶なんていかがかい?」

「まあ、素敵。良心がティータイムを拾ったわ。」



(もう少し待ってぐるぐる早すぎて)
(齧りかけの林檎に追いつけない)



午後七時のニュースをお伝えします。本日未明郊外で死体が発見されました。遺体は幾つもの肉片に切り刻まれており、身元が依然として分からない状況です。発見者の証言によるとまるでサイコロステーキの様に刻まれた後だったそうです。警察は身元の確認を急ぐとともに、忌々しくも残虐な犯人の特定に心血を注いでいます。被害者のご冥福を祈ります。アーメン。

「……アーメン!! ステーキを食ってる時にそんなニュースを流すんじゃない! 畜生!」
 
世界でいちばん怖い人殺しはだあれ? ハールマン、イッヒ、デンケ。ハールマンだと僕は思うよ。

「ダン? 誰と話してるの?」 

「なあに、ただの間の悪い奴とさ。」

「これ、食べないんなら私がもらうわよ。」

 「どうぞ、お好きなように食べればいいさ。俺はもう満腹だ。くだらないニュースのおかげで腹いっぱいさ。俺の腹の中にはやつへの不満でもう充分なほどさ。クソ! 後で文句の電話をかけてやる。腹持ちの悪い野郎さ。胃袋が愚痴をこぼしてやがる。食当たりだ。神の慈悲が必要なのに、アーメンがのどにつかえていやがる。」



(空という空が全力をかけて)
(光と色のグラデーションを描く)
(闇を迎えるための艶やかな景色を)
(もう受け入れてる)



 新しい服を着慣れてしまわないように、古い服を着るようにしておくべきだ。しかし、いつまでも襤褸をまとっているのは愚か者のすること、時には新しいものに乗り換えるのも必要なこと。人は言う。身に纏っているもので大抵はその人がわかるものだ、と。王様には絢爛豪華な冠と外套を、老人には杖を、物乞いには襤褸を、子供には無垢なる可愛さを、女には愛嬌を。さあて、どうかしら、この男は……最低ね。

「食べちゃいたいくらいだ。」

「本当に?」

「本当さ、今すぐにだって首筋にがぶりと齧りつきたいぐらいさ。」

「うふふ、狼さん。なんであなたの目はそんなに大きいの?」

「それはね、虚飾に騙されないためさ」

「じゃあなんであなたの耳はそんなに大きいの?」

「偽ることをするのはいつだって言葉、それを見抜くためさ。」

「それじゃあ、なんであなたの口はそんなに大きいの?」

「赤頭巾、あんたを食べるためさ。」



(狂ってる)
(迷いはない)


 あの女はまだ駄目だ。摘み頃じゃない。愛情が熟成されて最高のスパイスとなるまで。はは、俺は狼なのさ。



(狂ってる)
(迷いはない)



(ピアノソロ)


作品名:赤頭巾と狼 作家名:田中恵