贅沢な寂しさ・・・(短編小説)
私の大好きな山である谷川岳を、職場の先輩に連れられて登山した時など、その時の楽しさや登山の苦しみも、たとえようない喜びや幸福感に変わる瞬間がある事を、私は得意げによく恭介に話していた、その事を恭介が覚えていてくれた事が私はただ嬉しかった。
昨日から宿泊していた、土合山の家を私はふたりの荷物を手早くまとめて、恭介が背負うリックには軽い物をまとめて、私が背負うリックには食料や水など重いものをまとめて背負い、車道を歩き、昨日、恭介が苦しみながら階段を登った、土合駅を右に見ながら、西黒尾根の登山口を目指して、ゆっくりと恭介の様子を見ながらふたりは歩いた。
今日もやはり歩き始めてすぐに、恭介は苦しそうな息づかいに耐えて、無言で歩いている事が気になりながらも、どうしても谷川岳に登ってみたいと言う恭介を励ましながら歩いた。
西黒尾根の登山口へ向かう少し手前にある登山センターはいつ来ても背中をこそ寒い感覚になる不思議で緊張させられる不安な気分になる場所だ!
なぜか、別世界の存在を感じるような感覚になる、だがそれは決して怖いとか恐怖を感じる事ではなく、眼に見えない存在とでも言おうか、大げさに言えば、何かこの眼に見えない存在を意識させられる場所だ!
とにかく、湿気と生温かい空気がよどむ、そんな不思議な感覚の中で、私は恭介とふたりで、これから登る谷川岳のコースを記入した登山届けを出して、西黒尾根の登山口に向かった。
少し急な登りを恭介は喘ぎ苦しみながら、時々深いガスが行く手を阻むように、すべての風景を覆い隠して、うす闇の中でふたりは緊張と足場の不安定な岩場と格闘してもがきながら、突然闇はひらけて、雲間から射す、光の帯はまるで、クリスタルの氷柱のように煌き、まばゆく眼の中を焼き尽くすように走る、一瞬の光線が体を突き抜けて行く、冷えた体を暖めてくれる光だ、そんな中でふたりは必死で歩いていた。
そんな恭介の姿を見ていて私はむしろ頼もしく思えて、いい知れぬ喜びと幸福感さえも恭介に感じて嬉しかった、これでやっと恭介と私は同じ立場に慣れたような気がしていた。
(8)
いくつもの難所を無事通過して、何度も深い霧に包まれ、手探りの登山を強いられて、恭介と私は苦しさの中を喘ぎながらケイセツ小屋跡をいつの間にか通り過ぎていた。
ごくまれに突然深い霧が晴れて太陽の光がふたりだけに射してまるでスポットライトのように、薄い色の虹をを見た時、なぜか私は苦しいほど切ない思いになり涙が流れてとまらずに何度も手でぬぐいながら歩いた。
ふと、雲の切れ間から見えた、マチガ沢の風景は恐ろしいほどの迫力で私に迫って来るようで思わず私は緊張して体が硬直する!
最後の岩場を恭介はよろけるように、危なげな足取りで、岩場をよじ登りながら、なぜか、恭介も涙を流しているようにみえた姿に、私はわけの分からない不安を感じて、鼓動が苦しくなるような気持ちが乱れて落ちつけない!
「恭介さん、少し先に、避難小屋があるけど、休んで行く?」
「少し、風が強いから、風を避けて、小屋で休んだほうがいいわ~」
「体を休めようよ!」
「朝から、何も食べていないから、少し何か、小屋で食べましょうよ!」
「何か、食べたほうが、体も温かくなると思うの!」
そう言って、恭介に何とか休んでほしいと思うけれど、恭介は、どうしても、谷川岳の頂上に早く行きたいと言って、私の話を聞こうとしない。
「恭介さん!」
「そんなに、急がなくても、大丈夫よ!」
「下山は天神平まで下りて、ロープウェイに乗って行けば良いし」
「下山はもっと楽に歩けるから・・・」
「足は辛いかもしれないけど、胸は苦しくないからね!」
「ゆっくり歩いても、夕方までには下りれるから・・・」
「少し、休みましょうよ!」
「とにかく、何か食べて、体力をつけなくては、ダメよ!」
恭介を少しでも休ませてあげたい、体を楽にして、疲労をやわらげてあげたいと思い、こんな言葉を並べて、恭介を非難小屋で休ませたかったが、私自身もふと、心の中になぜか不安感があった。
確かに、今は谷川岳の頂上がはっきりと見えるつかの間晴天だが、いつ、天候が変わるか分からないこの谷川岳!
この山は天候の変化をいち早くよみとる事が難しい山だと、私の頭の片すみをよぎった。
そう、思いながらも、雲一つ無い、深い青い空が谷川岳を太陽の光が照らしている、あんなに深い霧に覆われていたさっきまでの風景が嘘のように美しい青い空が見えていた。
けれど気温は低い、確かに吹く風が冷たく体を休めると直ぐに冷えて寒くなって来る事を避けなくては・・・
ここからはもう一呼吸で登れる、眼の前が谷川岳頂上トマの耳がはっきりと見えていた。
恭介は休むと歩き出しが辛いからと言いながら、よろけるように、私の前を歩いて行く!
その姿がとても辛そうで、私は手をとり、支えてあげたかったけれど、恭介に触れる事さえ今は許されないような拒絶感を感じて恭介の一歩後ろを歩きながら、恭介がなぜここまで谷川岳を登る事にこだわったのだろうとふと思った。
喘ぎながら、やっと、恭介と私は谷川岳の頂上、トマの耳にたどり付いた!!!
恭介は頂上に着いたと同時に、狭い頂上によろけて、座り込んでしまった!!!
私はリックから雨具の上着を出して恭介にかけてあげながら・・・
「風が冷たいから、風を避けられる場所に移りましょう、恭介さん!」
「恭介さん、お願いだから、私の話を聞いて!」
(9)
私は恭介の腕に触れた瞬間、不思議な感情になり、わけの分からない不安感、表現の出来ない恐怖を感じて、それは、恭介が怖いのではなく、別の存在が恭介のそばにいたのを見た気して緊張した。
あの時の感覚は40年の歳月が過ぎた今も忘れる事が出来ないほど、とても不思議で全身が硬直するような違和感を感じた感覚だった!
そんな嫌な感覚を無理に振り払いながら、私は、恭介の腕をとり、オキの耳ピーク側に向けて、少し背の高い笹が茂る場所に移動して、ふたりは腰をおろして休んだ。
私はとにかく下山までの少しの時間を恭介に何か食べてほしいし、少しでも疲労感を取り
下山の歩きを少しでも楽にしてあげたかった。
私のリックから取り出した、土合山の家でもらって来た、つめたく冷えてしまった、水筒のほうじ茶を恭介に手渡し口元に無理に持って行き、一口飲んでもらい、ビスケットを無理に食べさせてほうじ茶で流し込むように食べてもらったが、恭介の胃は食べ物を受け付けないようで、直ぐに、吐き戻してしまった。
そんな中で、ふたりの心を和ませてくれた、思わぬ珍しいお客さん、可愛い姿の「オコジョ」が本当に珍しく私たちの眼の前を一瞬、横切って行く姿を見た!
その姿はあまりにも突然で、可愛い姿で、オコジョは一瞬、私たちに挨拶をするように、ふたり顔をちらりとみつめて、まるで、幻だったように、姿を消してしまった。
恭介は、今回の私との過ごした3日間の中で始めて、やさしい笑顔になった、可愛いい、オコジョの一瞬の姿が、恭介の心を和ませたようで・・・
「もう一度、あいたいな~」
「まるで、天使のような、姿だったね~」
そう、ぽつんとひとこと言って、恭介は、又、元の暗い表情になった。
作品名:贅沢な寂しさ・・・(短編小説) 作家名:ちょごり