【黒歴史】 全速力で走る霊 【2002年(18歳)】
10. 労を惜しんで易きに付く
「沖ちゃん、人生って、厳しいなぁ」
沢村は、さっきからずっと泣いている。
まるで蛇口の螺子が一本外れたみたいに。
「僕、悪い事なんかしてないはずなんだ。
取り立てて、誰にも大きな迷惑かけた覚えないし、
ちゃんと、最低限の努力もしてきた。
まあ、たまにサボる事もあったけど・・・。
努力しようがしまいが、報われるかどうかには
影響しないんだ」
「そうなんだよな」
「・・・僕もちゃんと幽霊になる」
「幽霊、みたいに暮らすっつう事だろ?」
その言い方には何か、引っ掛かった。
「もう何も、望まないっす。努力もしないっす」
「そうか」
「本当の本当」
「・・・・・・」
「沖ちゃん・・・自分の誇れる特技か何かある?」
「何だろう?逃げ足の速さとか・・・」
「沖ちゃんは本当、羨ましいな。陸上があってさ」
「足、速いのが羨ましい?しかして実用性ゼロ。
俺の足は、これ一本で大学に推薦で入れたり、
他の人と違う人生が送れるような代物じゃないから。
中途半端なんだよなぁ。意味ねぇじゃーん、てな。
その他にも、例えば、
フルーチェを絶妙の硬さで造る事が出来ます。
だからと言ってパティシエになって、フランス料理店に
スカウトされるなんて事はありません。
あと、甘栗を剥くのが凄い得意です。
でも『甘栗むいちゃいました』、あれのせいで
その能力の存在意義は無くなりました。
剥いちゃいました、なんつって軽やかに人の特技
奪うんじゃねぇっつうの。
これが、何にも人生に、意味の無い能力」
「そっか。僕はね、昔、小説の才能があると思ってた」
「思ってた?」
「幼稚園の卒業アルバムに書いたのが、最初の始まり。
『おはなしをつくるひとになりたい。』
それから人並みに努力とかをしてきました。
一日3冊とか本を読んで、毎日日記を5ページつけたり」
「すげぇな・・・」
俺は、幼稚園の頃には、努力という言葉に敏感に
なっていたと思う。何故なら、努力という言葉は、
何も齎さないと言う事をその頃夙に悟っていたから。
「それで、高校に入るまで、曲りなりにも、
僕には他の人には無い何かがあると、まあ、妄信してた。
だけど、僕と同じ年代で、もっと凄い文章を書く人、
思想を持つ人がこの高校だけでも遥かに沢山居たんだ。
沖ちゃんも、僕には無い思想の持ち主だからね」
作品名:【黒歴史】 全速力で走る霊 【2002年(18歳)】 作家名:砂義出雲