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laughingstock7-3

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「メラニー、お前の願いを聞きにきた者だ。見に覚えがあるだろう?」

 そう言われ、服装と彼の異質さに思い当たる節があった。あの時、藁をも縋る気持ちで願いを掛けたのだった。
 夢と今まで思っていた。

「外で話しましょう」


 路地裏の奥に進み、キアラと名乗ったpielloの前で適当な箱の上にメラニーは腰を下ろす。

「本当に来てくれるなんて・・・」

 顔を覆い、思わず呟いた。これでこんな生活から離れられるのだ。

「元・写本装飾修道士だったな。願いは違う場所でも地位でも良いので別の人間にしてほしいだったか?」
「そうよお願い。追手が掛かってるの。それから逃げ切りたいの」

 俗界へ飛び出し、宗教的な絵を描く事や写本をやめ、人の感情などを表した絵画を描く事にした。もう彼らの為に働きたいわけではなかった。
 自分達が描いた書物が破格の値段で売られ、教会が私腹を満たしていた。貧しい人々の事を何も考えずに全ての出版を教会が牛耳ってそれ以外の書物を認めなかった。

「今はそれが当たり前じゃないのか」
「いいえ。もう今じゃ教会は独占的な地位は失いつつあるのよ。私が都市工房にスクリプトウム内で教えられ続けた技術を売ったから」

 メラニーはしてやったというように口元を歪める。

「私があそこで培ったものは金になるのよ。そして教会より安い値段で売られて、宗教よりもっと大切な物があることを伝えるの。ね、このまま教会にいる事自体がもう危険なのよ」
「・・・時代が変わるのか」
 
キアラは苦々しく呟く。時代の境には碌な事がなかった。彼女の心の動きも当たり前なのだ。これから彼女のような者は増える一方だろう。
 人々を止める事は難しい。pielloの最も駆り出される時期でもある。

「さ、願いを叶えてよpielloさん。私は一刻も早くこんな汚い場所に隠れ住むような状態からさよならしたいの」
「さっきの場所の人たちには何も言わないのか」
「言ったって羨ましげに見下されるわ」

 それもそうかとキアラは頷き、ウサギに飛ぶように指示を送る。身体が消える感触にメラニーは驚愕を顕わにした。

「な、何これ」
「遠き地に送ろうと思ったが、気が変わった」
 
もう一人のpielloの気配が薄らと感じられる。こちらを呼んでいるようだった。キアラは目を細めてそれに応じる。

「な、な、なんなのよ」
「お前の依頼を受けるはずだったpielloが呼んでいる。・・・まぁ選択肢の一つでもあるからな」
 
キアラはメラニーには分からない事を呟き、その瞬間違う場所に連れて行かれたことを知った。



 キアラと共に向かった場所はメラニーから見て廃城にしか見えない人気のない大広間だった。かつては栄えたのだろう時代の痕跡の残る城は暗く、蝋燭の灯が等間隔に灯されているだけで周囲を明るくは照らしださない。物寂しく寒々しい光景にメラニーは身を震わせていた。

「此処は・・・」

 キアラは周囲を見渡し、一体何処に辿り着いたのかを考えていた。こちらの世界の城の一角だとは分かるがあの城は広く、全ての場所を知り得ているわけではない。この部屋もその一つだった。リーフの気配を辿って此処まで飛んだが彼の姿はない。

「先に契約を終わらせる・・・か。メラニー」
「な・・・なに?」
「お前を別の人間にする事はできない。遠い地へと送ることは元のpielloが嫌がっている。異例の事だがな」
「なにそれ・・・」
「つまり最も簡単な方法か、人を捨てるかがお前の選択肢だ、そうだ」

 リーフの思念が先程から自分のウサギを通して伝わってくるが姿が見えなかった。彼は何故此処まで彼女を追い詰めるのだろうかとキアラは疑問に思う。思いながら彼の意志をそのまま伝える。

「人を捨てるって・・・?」
「俺達と同じになるかという事だ」

 メラニーの動揺が直接伝わってくる。そうだろう。これが契約かという内容だった。
 しかしこれはキアラのできる彼女への逃げ道だった。

(今のリーフは不安定・・・か?)

 逃がそうとするキアラの態度に彼は納得していない。彼の怒気に触れた事はないが静かに感じられる気がする。しかし人間だったキアラが思うのだ。
 選択肢としてそれも在るべきだと。

「どうする?最も簡単な方法で人として帰るかここで人の為に働くか」

 キアラは一度も此処にきて彼女と目を合わせていない。合わせる事はできなかった。彼女は逃げてきた自分と似すぎている。メラニーは言葉に詰まったようだがはっきりと返してきた。

「・・・私、あの世界を捨てられない」
「そうか・・・」

 キアラは息を吐き出してようやく彼女を見た。哀れむようなそれでも強く睨みつけるように。

「ならば自分から逃げるな。此処に来ることよりはマシを選んだんだ」
 
ウサギを呼ぶとキアラの意思どおり二人で飛ぶ。
これからは彼は彼女の顔を焼き尽くすだろう。原型も分からないように。そして髪を短く切り、息をしていることがかろうじて分かる程に無残なものにしてしまうだろう。キアラは堪らずに彼の名を呼ぶ。

「リーフ!!」
「・・・ぅん」
 
意外にも彼から返事は返ってきた。彼にしては弱弱しい返事だったがキアラは構わず続ける。

「これは一体なんだ?何故後継ぎの仕事をお前が命令する?それをチェレッタは許したのは何故だ」
「・・・」
「答えろ。これは俺達の暗黙のルールに反する」
「そうだね」

 リーフはあっさり答えると空間からウサギと共に現れる。その表情は紙のように白い。伏せ目がちでどう見ても良い状態には見えなかった。ウサギの大きな腕に抱かれたまま病人のようだった。キ
アラは怒りを忘れて彼に駆け寄る。

「・・・お前」
「キアラ。今の時代の変化をチェレッタから聞いた。写本装飾修道士は全てを売り渡した。魂さえも誇りさえも。それは変動に大きく関わっている。
 何故君はそれを許すことができる?
 チェレッタだって同じ気持ちなんだよ。逃げる人間を本当は救うつもりなんてないんだ。だから僕に話した。
 言わなければキアラの事だから優しく逃がしてあげられたのにね」

 あの時チェレッタは気が変わったといった。
 最初から彼はリーフに渡して彼女を逃がす気はなかったのだろうかあの情報屋は。けれどキアラに渡して人としての良心に頼み込んだ。あの聡い彼が謀ったとはっきりキアラは知った。
 リーフは皮肉げに口角を上げる。

「君を試したんじゃないのかい?僕と君がどっちが成功するか。何のためかは知らないけど」
「待て。お前は何故それほど変革を否定する。俺達はpielloだ。関係のない事だろう?」

pielloに影響はない。今までに何度も見てきたことだった。それを彼がこれ程頑なに拒否することにキアラは疑問を持つ。リーフは目を瞬かせて不思議そうにキアラとウサギの顔を交互に見つめる。

「・・・僕、おかしいな。そうだね・・・何で今更・・・こんなに?」
「リーフ、何か心残りがあるんじゃないのか。今こうなる事で失くしてしまう事を恐れる何かが」
 無心にこちらを見ていたが、苦しそうに眉を顰めて自分の腕で顔を覆う。しかしそれに反して声は喜びと苦悶に溢れていた。
作品名:laughingstock7-3 作家名:三月いち