laughingstock7-2
彼の冷静な声を聞きながら、願いが叶った事を薄々感じていたことを思い返していた。弟・・・実際は実の弟ではない。血の繋がりも無いシェロを護るためには彼らにはどうしようもなかったのは確かだった。今まで嫌がり続けた権力が欲しいと思った。それでは何も変わらないことも知っている。
それでも実の弟のように可愛がった子を助けたかった。
その時、このpielloーロイが現れた。
『願いを叶えてやろう。ただし代償は頂く』
それからすぐだった。大聖堂の雰囲気が変わったこと。そしてエイジア修道士長が行ってはならない自殺をしたと広まった。シェロは何故此処に入れられていたのかという疑問自体、周囲から消え去ったようだった。ディーが訪れた時、不思議な表情をしていた。きっと違和感を感じているが、何か分からないのだろう。
皆そうだろう。しかしすぐ、消えてしまうことになる。
「・・・何を取っていくつもりなんだ?」
「記憶。お前の中にある記憶だ」
それは死ぬ事と同じ事だとアレスは自嘲した。今の自分が消えてしまう。大事にしていた物全て失ってしまうという事だ。
「軽いものだろう?それで大事な者の命を護れた。ただ、もうお前はそれに関与する事は出来なくなるだけのことだ」
「軽くはないぜ。あんたにとって軽いものかもしれねぇけど、人にとっちゃ大事な物なんだぜ」
「代償を払う気がないと取ってもいいということか?」
淡々と会話をしていた男の声が地を這うように低くなる。部屋の温度が下がったように感じた。寡黙だが、相手はpiello。異形の者だった。
(逆らえば殺される・・・かもな)
彼らは記憶を奪う事などできるのだろうか。聞きたい事はあったが、聞ける雰囲気でもなくアレスの命は向こうに握られている分、何を言うにも危険な相手だった。
「肯定と取ってもいいのだな?」
「いいや・・・記憶取っていけよ。記憶無くても生きる事はできる。それが俺じゃなくてもだ。ただし、此処では厭だ。
此処ではない場所でなら構わない」
「いいだろう」
抑揚なく彼が答えると一瞬で、景色が変わった。何処とも知らない廃村にアレスは立ち尽くしていた。
呆然としているとウサギの手が自分の頭に乗せられる。
途端に苦痛。
この世のものではない程の痛みがアレスを襲う。しかしそれを口に出して叫ぶ前に意識が途切れた。残ったのはウサギとpielloの男。ついでのように捻じ切った首を持ってウサギはロイに手渡す。ロイはそれを無視してウサギに触れる。
ウサギからは歓喜の意識が流れ込んでくる。
「・・・いつまでそうやっている。気持ちが悪い」
吐き捨てるように言うと途端に傷ついた意識が。それにまたロイの苛立ちは募る。自分のウサギの本心は最も簡単だ。自分自身を愛している。
自分が愛されたい構われたいそれだけで動く。ただ、違うのはロイに対して嫌われたくは無いというくらいだろうか。それ以外のためならどんな事もする。
「いつもながら下衆だな。・・・好きでお前に触れているんじゃない。さっさと記憶を取り出せたかを教えろ」
その返答はー否。
巨躯の身体を突き飛ばすようにロイは手を離す。また、人の中から記憶を取る事はできなかった。
やはりそんな真似はできないのだろうか。
ロイの欠落した能力ー「記憶」。必要最低限の記憶しかできない事への苛立ち。大切であったと想いはあるのにそれが何か分からない。憎しみすらも想いしか残らないから探す事もできない。同僚への想いも似たようなものだった。顔を見て相手の話しかけてくる雰囲気で考える。
『この人は自分の側に居た人か』と。
リーフ、キアラ、エレナ、チェレッタ達をどういう眼で見ていたかは分からない。だから一歩引いてしまう。
一度、柩の側までエレナが来て、自分の為に心配をしていてくれた。
リーフに言われて名前を覚えたが誰だか分からないままだった。だが、嬉しかった。同時にその想いをまた柩の中で忘れていくのだ。
(これが螺子つきの運命とでもいうのか・・・)
「・・・次へ行くぞ」
依頼の代償に何度も試みる。自分たちが彼らの記憶を消すことができるように、彼らの記憶を取り出すことができるのではないかと。当てのない事だろう。
しかしロイにはそうするしかないのだと割り切って姿を消す。
次の依頼人の元へ。
今度こそという希望を賭けて。
リーフは一人、かつての修道士長の部屋で一人呟く。
「こんなに上手くいくとは思ってなかったな。・・・ロイが来ている分、早いとは思っていたけど」
床には飛び散った血。驚愕に見開かれた目。倒れた体から溢れる血でカーペットを染めている。やりすぎではないかとリーフは思ったほどだ。
これを行ったのはリーフではない。おそらくロイだろう。もしくは彼のウサギだった。
鷹の眼を持つウサギ。
「変態思考持ってるんだっけ・・・あいつは」
ロイを欺いても何とも思わないウサギだった。目的の為に手段を選ばないのは自分のウサギ以外に共通する事だった。
(パパスもああやって懐いているけど、エレナの為ならなんだってする)
「・・・僕の仕事は記憶を消す事くらいかな。・・・シェロ、出してやらないといけないかな?」
そう思い、空間を飛んでみると25歳辺りの男が彼を助け出していた。
リーフは見たことのない男だったが、此処へ真っ直ぐ来ることはロイの依頼人だろうと推測する。
「・・・ありがとうございます。あの・・・私は?」
「いきなりだが無罪が証明されたらしいから安心しろよ!」
「そうですか・・・」
シェロの表情は暗い。その肩を男は安心させるように叩く。
「大丈夫だ。オレが力になってやる」
「・・・けれどこれは・・・」
シェロは続けようとして口を噤む。そうだろう。契約の事は誰にも言える事ではない。
男も契約しているとは知らない。
「今回の事はオレがきっちりすれば終わることだ。・・・おまえはいつも通りにしてりゃいい。いいな?」
その後なだめかすやらして無理にシェロを頷かせて男は共に出て行く。シェロの足が止まり、まっすぐリーフのいる辺りを見てくる。
気付いたのかもしれないが、後から行くのだから良いだろう。その時ほんの少し伝えれば良いと決めてリーフはその場から消えた。向かう先は昨日覚えた気配の場所だった。
彼はpielloの閉じ込められている部屋の警護をしているようだった。見回りの兵士が過ぎて一人になった時に彼の前に姿を現してみた。
彼ー騎士となったレイナスは今日来ることを予想していたかのように動じる事はなかった。リーフもまた適当な挨拶をする。
「・・・今、いい?」
そう言うと頷き、どこかに向かう。リーフが待っていると腕をとられて連れて行かれた。
「・・・休憩を取ってきた。先程の場所にいるとお前の存在がばれる」
「気にしなくてもいいのに」
「脱走したと思われると減給だ。それは免れたいんでね」
レイナスは事務的にそう答えると適当な客室に入って扉を閉めた。そして振り返り、リーフを真っ直ぐ見つめてくる。
本当はリーフの口から伝える事ではないのかもしれないと思った。
作品名:laughingstock7-2 作家名:三月いち