laughingstock7-2
あの街の誰かから聞くべきなのではないか。一番部外者の自分から彼に伝える事は最も合ってはいけないことではないか。
「・・・僕から聞いても後悔はしないかい?」
話すとか話さないとかどうでもいいと思っていた。けれど多分自分は彼に珍しく同情しているのだ。
(変だな・・・。自分じゃないように感じる)
彼はどこまでも真っ直ぐこちらを捉えて離さない。
「・・・頼む。話してくれ」
「僕は部外者に最も近い形だった。それでも聞くのかい?君の想いも尊重してあげられない。なのに?」
「構わない。お前は父が呼んだ者だ。それだけで十分当事者だ」
レイナスの言葉に従い、リーフは重いと感じながら告げる。
「君の父親は亡くなっている。君が僕と出会う前に。
僕は彼の依頼であの場所にいただけだけどね。知らないとは思わなかった」
「・・・・父の元には帰っていなかった。・・・良き父だった」
「そうだね」
思い返すのは虫の息で必死に想いを伝えようとしていた彼と彼の暗い部屋だった。レイナスの悲痛な気持ちを押し殺すような声に相槌を打つ。
「・・・それだけか?」
問われて頷こうとその時思った。彼の死はいつかレイナスに届くだろう。その時レイナスはどうなるのだろうか。
(このまま知らない方がいいのかもしれない)
「頼む。一つ聞きたい。ユージンは、元気にしているだろうか」
「・・・」
「幼馴染なんだ。医者をしているんだが、よく自分は不摂生していて気に掛かっている。
元気なら良い・・あいつはあの街に必要とされている。オレの願いが叶わなくてもあいつは一人で生きていく事ができる」
懐かしそうに眼を細める男に苛立ちが募る。
「最初から何故それを伝えてやらない?」
思わず口に出してしまったが、レイナスは首を横に振る。
「それは・・・オレの願いじゃないからだ」
心優しく、約束を反故にすることもできず、自分を慕う街も幼馴染の為に選べなかったために苦しんだ青年は自ら命を絶った。
(違う。最後に街を選んだんだ)
「オレは・・・ずっと側にいてほしかった。階級を気にしない平等に同じ場所に生きていけるようにしたかった。その為にはユージンからあの場所を奪ってでも手に入れる必要があった」
リーフは自分を友と呼び続ける青年を思い浮かべて唇を噛む。
何と重いことだ。
それを彼らに今の制度でどうこうできる訳がない。それこそ子どもの世迷い事だ。全てを手中に入れることでその願いを叶えようとした。
犠牲も考えただろう。けれどそれを含めた上で彼の中では友の存在が必要だったのだろう。
「・・・ユージンは何か言ったのか」
「ユージンはただ応援してくれたよ。約束のためといつもそういって」
リーフは一言伝えればいいと思っていた。
お前の優しい医師はもういない。と。
あまりに悲しい表情に逆にリーフの意思が挫かれてしまったのだ。
いつもなら言えることが言えない。
「レイナス」
「なんだ」
「・・・ユージンは元気だよ。お節介にも、前に僕の髪が潮風に痛むから帽子を被っていろとか言われた」
「ユージンらしい。良い奴だろう?」
可笑しそうに笑うレイナスは幼い子どものようだ。しかしリーフを見て目を見開き、苦笑して帽子のつばを撫でた。
「なんでそんなに苦しそうな表情してる?」
「・・・触るな。僕にいえるのはこれくらいだ」
痛い。もう放っておいてほしいと思う痛さだった。
帰りたいと生まれて初めて願った。
「名も無きウサギ」
彼がいない間ほんの少しの距離しか飛べなかった。けれどこれで帰れる。
ふわりとした毛が当たる感触に振り返ってその腕に自分の腕を巻きつける。
(帰ろう。名も無きウサギ。僕は疲れたんだ・・・螺子をもう進めてほしいと思うくらいなんだ)
それに応えるように空間を飛ぶ感触にリーフは眼を閉じた。
続く。
作品名:laughingstock7-2 作家名:三月いち