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laughingstock7-2

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7章2 remenbrance


「え・・・?」 

 ディーがふと顔を上げると今まで何かの喧騒に巻き込まれていたような切迫感が消えた。早足で回廊を歩んでいたが、それを止めて思わず周囲を見回す。人通りは多く、誰もディーに構うものもいない。当たり前だ。
 ディーに用がある者がこんな場所で急ぎ足で歩くわけが無いのだ。
 普段と同じ変わらない大聖堂の中でディーだけが不思議がっているように思う。ディー自身もこれ程いったい何に切迫し、不思議がっていたかを忘れた。

「疲れでも溜まっていたのだろうか・・・?」

 考えを巡らせても答えは見つからず、一体何処に向かっていたかも掻き消えた状態で、向かっていた方向から幼馴染の所だろうと見当をつける。
 しかし何の用があって彼の元へ自分は行こうとしていたのだろう。

 理由の無い訪問は気に喰わないディーがそれをしてしまったことにアレスは何も言わずに寝室に入れた。

「今、休憩中でな。皆出払ってるからいつも通り気にすんな」
「ああ・・・」

 2人部屋は窮屈だが、ディーの部屋も似た様なものだ。特に何という訳でもない。休憩中にこうして部屋へ戻る者は少ないが。
 アレスは同僚に好かれているが、休憩所は好まないらしい。
 理由は簡単だ。自分より上の階級の者を嫌っている。

「お前の上位聖職者の嫌悪ぶりはもはや異常だな・・・」
「おめーの従順さも異常だよ」

 口調を直すこともせずにじっとアレスを見ていると、彼は気持ち悪そうに窓際まで逃げた。まるで悪寒でもしたというように自分の腕を擦っている。

「・・・どういう意味だ。それは」
「おめーに見つめられると蛇に睨まれた様な気になるんだよ。あーぞっとする」
「私を本気で怒らせたいらしい」
 
無言の気配を感じたらしく、悪友は引き攣り笑顔でやはり窓に張り付いた。

「と、とりあえず落ち着け!俺が悪かった!」
「口調は」
「わ・・わたくしが悪かったでございます」
 
不思議な文法に逆にディーが噴出す。

「お前には似合わないな。本当に司教の息子か」
「俺の馬鹿親みたことあるだろーがよ。俺はさしずめ放蕩息子だったし」
「そうだな・・・立派な御両親の後を継がずに外回りに出て行った馬鹿者だからな」
 
幼馴染の両親は結婚した後、聖職者となり立派な階級を持った貴族だった。ディーの両親も同様だったが、ディーは彼らと袂を分かつように縁を切っている。ディーも放蕩息子といえばそうだが、もっと性質が悪いほうだ。彼らの考えについていく事ができなくなった者だからだ。
 そして此処に入ってアレスと出逢った。
 彼のような者が人に教えなど説くことなどできるものかと最初は腹を括っていた。しかしその親しみやすさで見事ノルマをこなしていった。

「・・・本当に勿体無い。お前の能力があれば上へと目指せるものを」
 
そうだ。だが彼は今の位に留まっている。いつまでも教師の仕事の方につき、この聖堂のために働こうとはしない。それが彼の生き方と最近ディーもようやく自分を納得させてきたが。

「いーじゃねぇか。俺じゃなくても。上に上がることはシェロがやってくれた。それでいい」
「シェロか・・・」

 ディーはアレスより2つ上の階級だが、シェロは自分達よりもっと高位聖職者に値する。1年前、最年少で写本書写修道士長という最も知識人に与えられる位を実力で手に入れた。

「あの子は昔から文才に優れていたからな・・・。アレス、お前にまったく似ていないな」
「喧しい。いいじゃねーか、身内自慢できる弟だ」

 本当に出来た子だと思う。周囲の風当たりも悪かったようだが、やはり実力で納得させ今の地位を揺ぎ無いものとした。仕事の能力にも長けている。

「・・・本ばかり読んでいた子だったな・・・。はにかむように笑う」
「俺が外に連れ出しても鈍くせーし、運動はできねーし、でも人一倍勉強してた。それを両親も一目置いてたな」

 彼はディーを見て物怖じしない子だった。昔から気に入らない事などはっきり言ってきたディーを周囲の者は快く思わなかった。それをどうと思うつもりもなかった。
 しかし年下の彼は真っ直ぐディーに答えを返す子だった。
 素直だったからかもしれない。噂で判断するような愚かな子でもなかったからかもしれない。
 ディーも気に入り、可愛がってきた弟だった。アレスとディーの二人の友人も目に入れても痛くないほどに可愛がっていた。

「大きくなった。本当に父親の気分だ」
「ディー、何か老けてんなー」
 
がははとはしたなく笑うアレスを一睨みで黙らせる。しかしすぐアレスは目尻を下げてディーに話しかけた。

「ディー、それでもあいつはまだ十代のガキなんだ。俺達がちゃんと護ってやらなきゃいけねーんだよ。俺はあいつを護れるくらいの位を手に入れようと思ってた。
 けどな、俺の上を毛嫌いする気持ちをあいつは知ってたんだな。自分が先に上に行って俺への風当たりを減らしてくれたように思う。
 ガキの身で頑張ってると思わねーか?そんなあいつを俺はできることなら護ってやりたい。これから先も。
 だからよ、ディー、お前の中の常識の範囲でいい。あいつの事を見逃さずにいてやってくれ」

「・・・それがお前の願いか?」
「ああ」

 ディーははぁ・・・と溜息をついて恨めしそうに彼を見た。真面目な表情をした彼のお願いを断れた試しが今だ、無い。そんな自分の情けなさ、幼馴染への甘さに苦笑し、仕方なく頷く。

「いいだろう。ただし、借りは大きいぞ」
「かまわねぇ・・・と言いたい所だが、返せる自信がねぇ」
 
苦笑してアレスは両手を上げた。


「すぐ仕事へ出ないといけねーんだ。帰ってからでいいか」
「?あ・・・ああ」
「ん。じゃ、その時にな」

 何となく会話が終わり、ディーは部屋を出て行く事にする。扉を閉じる前に見た幼馴染の表情は晴れ晴れとしたようなどこかすっきりとしたものだった。
 閉じきる前に聴こえた声にディーは驚いたが聞き質すためにもう一度この部屋の扉を叩く気にはならなかった。
 なぜだろう。
 彼が彼らしくない顔をしていたからか。
 否、彼に似合わない台詞を聴いたからかもしれない。信じたくないのだ。きっと。

 ディーが出て行ってすぐ、アレスの部屋に気配がもう一つ生まれる。アレスは隠していた煙草を引き出しから出して一服する。煙は徐々に上へ立ち上り、消えた。

「・・・エイジア様の命令かい?」

 相手は答えない。横髪を縛り、左目を隠している男に派手さは無いが異様な雰囲気を醸し出していた。ふっとその背後に巨躯のウサギが現れる。右目を鷹で隠し表情は無い。

「・・・調子狂うぜ」

「お前を殺しに来たわけではない。願いの完了を伝えに来た」
「pielloのあんたに頼むようなことしたっけな~」
「一人では無理だった。丁度pielloが同じ願いで動いていたから便乗させてもらった。お前の代償は減らそう」
作品名:laughingstock7-2 作家名:三月いち